Ⅷ 過去と、現在

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この世の出来事とは 思えないくらいに 残酷な光景だった 父親の絶命する姿を カメラで撮影している 人物も居たが 皆、殆どが ただ見ているだけだった 誰一人止める者は無く 父親は公開処刑のように 殺された 「――お母ちゃんと お父ちゃんの仇や」 その男は 力が尽きたように 包丁を床に落とし 床に座り込んだ 「警察を呼んで下さい」 その男はそう言った後 何も話す事は無かった 母親は私を抱きしめながら ずっと震えていた 母親は父親の姿を 見る事は 絶対にしなかった だけど、私はずっと 父親のその姿を見ていた 殺された父親に対して 勿論、可哀相だと思った でも、それ以上に 父親を殺して 罪を犯したその男の方が 私は可哀相だと 感じていた その男の表情は 何もかも無くしたように とても哀しかった 父親が殺されて 悲しいと思う余裕が その時の私には ほんの少しも無かった
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