Ⅸ 彼は、狂ってない

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母親も 最近は少しずつだけど 変わって来ていた だからか、この家の中に 今までは一切無かった “笑い”と言う物が たまに有る 「百合、お母さん 居ないからって 夜出歩いたら駄目だから」 以前なら 口にしなかったような 台詞も 最近は口にする 以前は、 私が何をしようが 帰って来なくても 母親は何も言わなかった 私を叱る気力も 無いように 母親は家の中では いつもうなだれていた 「ねぇ、百合の したいように すればいいから。 でも、連絡も無く 夜帰って来ないとかは 辞めてね」 母親は夜の仕事に 出掛ける際に そうポツリと 零すように口にした 「お母さん――」 私は母親が 口にしているのは きっと、 アザミの事なんだと 分かった だから、何も言えない アザミとの関係は 父親の事が関係無くても もう終わっている―― 愛してしまったら もう彼の側には いられないから―― 玄関の扉が閉まる音を 私はアザミの事を 考えながらも 頭の隅で 聞いていた 私はアザミの事を ずっと忘れてしまおうと しながらも 意識的にも、無意識でも 彼を追っていた 関係が有った頃には アザミが載っている 雑誌を 買う事も見る事も 無かったのに 今は、アザミが 少しでも出ていれば 興味が無いような雑誌でも買って、 穴が空くくらいに 眺めていた 雑誌の中の写真の アザミも 私の心を強く掴んで 離さないくらいに 美しい―― アザミに逢いたい アザミに逢えない 彼が愛おしい――
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