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sky of happiness
もう私は、この世界の一員ではなくなる。
この、うつくしい世界の。
届きもしないあなたの手紙にはもう何もいらないと書いたけれど、やっぱりもう少しくらい、生きてみたかったのかもしれない。
頬撫でる風が気持ちいい。
まだ生きたい。もう少しだけでも、世界をもっと知りたい。
小鳥が鳴いている。
ふと耳を澄ますと、何かが近づいてくる音がした。
空気が揺れるのが分かった。
足音だ。誰かが来た。
こんなところでひとりぼっち、死のうとしている子供に会ったって、何も思うことはないだろう。
でも誰なんだろう。また誰かに連れて行かれたりしたらどうしよう。
ふと、誰かが仰向けになった私の顔を覗き込んだ。
目が合った。時が止まる。
もしかしたら。一滴の期待が、胸にそっと零れる。
目の前の男の人の目尻が、少しだけ緩んだ気がした。
本当に、あなただったとしたら。
「あなたは、」
「うん。」
言葉を交わさなくとも、彼の目を見れば分かった。
あの時私の手を取って、森へ連れ出してくれた人。
うつくしい世界を、私見せてくれた人。
「そら、さん。」
彼はそう言った。
私はただただ、無言で頷く。
そう。私の名前は、そら。
彼の目には涙が滲んでいた。
「僕はあなたからの便りを読んだ時、そらよりって書いてあったのが、なんだか嬉しかったんです。そらから来たのかな、って思って。とってもいい名前ですね。」
息が詰まる。
「あ、ありがとうございます。」
私がやっとのことでそう応えると、彼はにこにこと笑っていた。
彼はデイジーの花を渡してくれた。
「僕たちが出会ったのってね、多分運命なんだよ。僕たちは出会うべくして出会ったんだ。あの日僕はあなたを見て、助けなければならないと感じた。そしたら、体が勝手に動いていたんだ。」
うつくしい世界が、輝きを取り戻していく。
花が揺れている。
今までのことは全部今日のためにあったんだと、本気で思った。
手紙をあなたに書いてよかった。
風船を拾って、飛ばしてよかった。
あの日、流れる雲が綺麗でよかった。
あの時、摘んだ花がうつくしくてよかった。
この草原に、寝転がっていてよかった。
デイジーの花を、摘んでよかった。
助けられた相手が、あなたでよかった。
拾ってくれたのが、あなたでよかった。
今日のそらが、晴れていてよかった。
「あなたで、よかった。」
目を開けると、彼が笑っていた。
こんなのは、偶然なのかもしれない。
でもその偶然を必然と、運命と言える彼のために私は、これからを生きていくのだ。うつくしい、この世界の中で。
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