どこの誰かもわからないあなたへ

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どこの誰かもわからないあなたへ

私は今、あてもなく森を彷徨っていました。 そしたら赤い、きれいな風船を見つけたのです。 鞄を覗くと鉛筆と、使わずにとっておいた白い便せんがありました。 だから私は、この手紙を書いています。 ついさっき、孤児院から逃げてきました。 あれは本当に、地獄のような要塞でした。 まだ私は10歳ですが、あんなところに頼らなくたって、1人で生きていくことくらいは出来ます。 それに、私が逃げるのを手伝ってくれた人がいたんです。 高校生くらいの、背の高い男の人でした。 言葉は交わしませんでしたが、なんとなく分かりました。 あの人もきっと、あの孤児院から逃げ出したことがあったのでしょう。 だから私の苦しみを察して、助けてくれたのだと思います。 本当に感謝しています。会ったらすぐにでも、お礼を言いたい。 って、どこの誰に届くかも分からない手紙なのに。 知らない人が知らない人に助けられた話なんて書いてどうするんでしょうね。 我ながら、不思議なことをしています。 私には、伝えたいことがあるのです。 孤児院から逃げてきて、気付いたことがあったんです。とても沢山。 世界って、なぜこんなにもうつくしいのでしょう。 あてもなく彷徨って森に着いた時、全身で感じたんです。 そらになびく雲。草の上に落ちる雲の影。 木々の揺らめき、木漏れ日のうつくしさ。 花がいくつも咲いていました。 まるでささやくように、誰かの誕生日でも祝うように。 これが、私の伝えたいことです。 もしかしたら他の人にとっては、ほんの些細な、目にも留めないようなことなのかもしれない。 それでも私はこの胸で感じたきらめきを、褪せないように仕舞って生きていきたい。そう思ったんです。 この手紙を拾ってくれた方、ありがとうございました。 そしてもし最後まで読んでくれたなら、私はとても嬉しいです。 そらより P.S. 孤児院から逃げてくる時に、白い、綺麗な道を通りました。 そこに、デイジーの花が沢山咲いていたんです。 1つ摘んで、封筒の中に入れておきました。
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