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ウォルター・クラベルによるダウンロード版への序文
私はケルン大学の宇宙文化人類学プロジェクトの助成を得て、47年の7月から49年の3月まで、月の裏側の住民たちとともに暮らした。
オックスフォード英語大辞典によれば、ルナティック、ルナティカンというのが彼らの一般的な呼称だ。言うまでもなくここには「常軌を逸した」「気が狂った」というニュアンスがある。地球人ばかりでなく、月の表側の住人までが、彼らを指してこの呼称を使う。
それほどまでに彼らの文化、価値観が孤立しているということだ。
しかしこれは、相対的な問題に過ぎないとも言える。
この文化に属する人々の数は、最新の調査によれば2700人から3000人、彼らの集団の一般的な単位であるユニットの数は100を超えている。
彼らは月の裏側(彼らの言い方に従えば外側)の地表を排他的に占有しており、その存在を無視できる勢力は、現在の月には存在しない。
彼らの保有しているテクノロジーは最新のものではないが、戦後失われたものも多く含んでおり、遅れた部族社会などととらえるのは現実的でない。
特に、遺伝子改造と出生後の身体改造による月の環境への適応は瞠目すべきものがある。確かにこれは我々のイデオロギーにはそぐわないが、宇宙開発の主役が機械生命とAIにとってかわられようとしている現在、あくまで人間が中心の社会を宇宙で営む彼らから、学ぶべきことは多い。
この物語風の小著は、主に私が暮らしたユニット19の人々の話したことと、私自身の見聞、そして何人かの副脳の仮想人格から得た記憶データに基づいて書かれている。
文化人類学を学ぶ学生のみならず、広く一般の人々の思索の一助となることを切に望む。
2553年8月 アデレードにて
ウォルター・クラベル
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