143人が本棚に入れています
本棚に追加
さよなら。
全身の力を込めて刀を振り下ろす。
瞬間、平太の顔が、ぶっきらぼうな声がよみがえった。体は大きいのに、いつも弟みたいな幼馴染。不器用で、せっかちで、我儘で。
でも誰よりやさしい。
やさしかった。
──そんなこと思っちゃいけない。
それはほんの一瞬の躊躇だった。鬼の面相が突然平太に変わったとき、振り下ろす勢いがかすかに緩んだ。罠だ。そう頭でわかっても、体の反応を抑えることができなかった。
次の瞬間、幼馴染の泣き顔は再び鬼に変わり、大きな口を裂けんばかりに開いて吠えた。
巨大な右手が迫ってくる。避ける暇などあるはずがない。
が、鬼の手はひなの顔を引き裂く前に燃え上がり、真っ赤な果実のように弾けた。結界に触れたのだ。半ば吹き飛んだ腕はそれでも止まらず、残っていた二本の鉤爪でひなの肩を切り裂き、耳たぶの先を弾き飛ばした。
「………っ!」
真っ白な少女の顔に点々と赤い血が飛ぶ。ひなは歯を食いしばり、玉石を蹴った。抱きつくように鬼の懐へ飛び込む。漆黒の切っ先がするりと滑るように鬼の胸に埋もれ、そのまま背中から飛び出した。
ひなと鬼は、抱き合うような形で静止した。
最初のコメントを投稿しよう!