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空に銀狐の叫ぶ声が響いた。
塀のうえから飛び降り、泣きそうな顔でこちらへ駆けてくる。その白い切り髪がまぶしいほど赤く染まっているのを見て、ひなは思わずあっと声を上げそうになった。塀から顔を覗かせた朝日が、ほんの一時のうちに庭全体を鮮やかな色に染め変えていた。
──きれい。
痛いほど美しい光景である。
石を踏む音に振り向けば、そこに黒埜が立っている。
黒埜はまぶしさに顔を歪めながら、されどいつもと変わらぬ黒い眼で、ひなを見下ろしていた。
そして一言、呟く。
「立てるか?」
「……はい」
ひなはこくりとうなずいた。黒埜の差し出した手につかまり、よろけながらも立ち上がる。
そうだ。
こうやって──人は立ち上がる。
何度だって。
立ち上がることができるのだ。
ひなはそう思って、急にまた涙がこみあげるのを感じた。
「おひなちゃーーーん!!」
そこにもっと涙で顔をぐしゃぐしゃにした銀狐が駆けてくるまで、もういくらもかからなかった。
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