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「はい。この丘のふもとにあります、小さな村でございます」
「そこへは、どう行けばいい」
「このまま道をまっすぐ行かれまして、あすこに見える坂をぐるっと下りましたら、すぐでございます」
「そうか」
男はそっけなく言うと、するりと駕籠に乗りこんで戸を閉めた。男たちが担ぎ上げ、さくっ、さくっ、と静かな足音を響かせながら去っていくのを呆然と見送る。
――あの方は、村へ……?
一体何の用事があるのだろう。
にわかに胸騒ぎがした。
何か悪いことが起きるのではないだろうか。あの余所者が、不吉なものを村へ運んでいくのではなかろうか。
なぜそう思ったかわからない。けれど、煮汁が沸き立つように喉元が熱くなり、早鐘がどくんどくんと音を立てて胸の内から押し寄せた。もう居てもたってもいられず、ひなは両親のいる村へ向かって駆けだそうとした。
が、すんでのところで思いとどまる。
腕の中の籠を覗けば、野草はまだ少しの量しか採れていない。これでは一人分の夕餉をこしらえるにも足りないだろう。病み衰えた父に、なんとしても食べるものを持ち帰らねば。そうでなければ帰るに帰れない。不安で落ち着かない胸を手で押さえ、ひなはすごすごとまばらな林の中へ戻った。
けれどもいっかな胸騒ぎは収まらない。
なぜだかとても、とても嫌な予感がする。
――どうして?
赤い唇をきゅっと噛みしる。
これまで以上に悪いことなど、起ころうはずもないのに。
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