233人が本棚に入れています
本棚に追加
ノーラとヘンリー
彼女には、客間の一つを使ってもらうことにした。わたしの隣の部屋である。
夫であるはずのコリンが主寝室を使い、わたしはその続きの間を使っている。ノーラの部屋は、そのわたしの部屋の隣というわけ。
「ノーラ。いまさらだけど、はじめまして。ミヨ・アッシュフィールドよ。今夜はもう遅いから寝た方がいいわね。明日、話をしましょう」
客間にある長椅子に座ったまま彼女に声をかけると、彼女は無表情のままこちらを見ている。
そういえば、一度も口をきいていないわね。それから、ずっと無表情だわ。
気にかかっていることである。
そのとき、控えめに扉が叩かれた。
「どうぞ」
返事をすると、少しだけ扉が開かれた。すると、ヘンリーの可愛らしい顔がのぞきこんできた。
「おばさ……、あ、いえ、母上。彼女、大丈夫?」
ヘンリーはわたしのことをおばさんと言いかけ、演じていることを思い出したらしい。
慌てて言い直した。
そんな彼がちょっとだけ可愛いと思った。
「ええ、ヘンリー。ノーラは大丈夫よ。いまからもう休むところ。話なら、明日するといいわ。さあ、入ってノーラにおやすみの挨拶をなさい」
ヘンリーが隣家でノーラをかばったのは、ほんとうに驚きだった。
彼の意外な一面だった。
ほんとうに男らしかった。まだほんの子どもなのに、いざとなったら頼りがいのある男になるのね。
つくづく感心した。
願わくば、わたしに対してもそうあって欲しいわね。
つくづく願った。
彼は、気恥ずかしそうに入って来ると、部屋の入口あたりからノーラにおやすみの挨拶をした。
が、ノーラはやはり無表情のままである。
ヘンリーは挨拶したことで満足したのか、そんな彼女の無表情さにショックを受けた風もなく、部屋から出て行った。
ってヘンリー、わたしには挨拶なし? 一応、継母よ。
その問いは、心の中でするにとどめた。
「ノーラ、わたしも行くわね。なにかあったら、隣がわたしの部屋だから遠慮なく起こしてね。入ってきて、ぶん殴ってくれればいいわ。それでも起きるかどうかは神のみぞ知る、だけど」
冗談を言ったつもりだった。
彼女は、眉間に皺をよせている。
もしかして、面白くなかった?
彼女、笑い話の基準が厳しいのかしらね?
「じゃあ、おやすみ」
立ち上がると、扉の方へ歩こうとしてバランスを崩してしまった。
とっさに長椅子の背をつかもうとしたけれど、つかみそこねた。
その瞬間、なにかに支えられた。
ハッと横を見ると、ノーラが体全体でわたしを受け止めてくれている。
「あ、ありがとう、ノーラ。助かったわ。気をつけなきゃ、よね?」
彼女は、部屋の外までわたしを支え続けてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!