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傘が恋人のようなぼく
ぼくの左手にはいつも傘があった。
年がら年中、天気予報関係なく。
ぼくは雨に好かれた雨男で、傘とは恋人かと思うくらいずっと一緒なんだ。どこに行こうにも。
右手は通学カバンか買い物袋、あとは…さくらもちの散歩で持つリード。そんな毎日。
さくらもちはこんなぼくとの散歩を嫌がりもしないで、逆にしっぽをぶんぶん振って楽しそうにしてくれる。
きっと桜の葉と桜模様でまとめた犬の服を気に入ってるんだろうな。母さんが作ってるの、わふわふ言って見てたもんなぁ。
「こんにちは、その子なんて言う名前ですか?すごく可愛いポメちゃんですね」
声を掛けられたのはいつぶりだろう。雨と一緒に移動してるような人なのに引いてないのかな。
ぼくは傘を少し傾けて声の主の顔を見た。
さぞ、ちょっと変わったものが好きそうな人じゃないかと思っていたら、ぼくと同じように犬と散歩してる女の子だった。
ぼくと同じ高校生くらいのかわいい女の子。
「こんちは…えっと、さくらもちって言うんです。最近6歳になったところで…」
無難に返せたかな。
「そうなんですね!私の方はクロエって言って豆柴なんですよ。気分転換に散歩コース変えてみたんですけど、よくこの辺り散歩されるんですか?」
女の子は明るいし、ぼくと会話のキャッチボールしてくれる。優しい子なんだな。
「ずっとこの辺りばっかりです、散歩コース。ぼく、見ての通り雨男なので、他の飼い主さんたちに迷惑かけないようにしてるんです。もしご迷惑だったら…」
「雨なんて降ってないですよ?それ、日傘だと思ってましたけど、違うんですか?」
「えっ」と思った。ぼくは目の前の女の子との会話に集中してたし、さくらもちがクロエちゃん?クロエくん?に粗相しないように見てただけだったから。
言われるまで気づけなかったんだ。
ぼくの頭上をいつも雨音が降り注いでいたのに、今はぱったりと何の音もしない。
「私が晴れ女だからですかね?迷惑なんて無いですし、クロエもさくらもちちゃんと仲良くなったみたいです。」
クスッと女の子が笑った。
そんな出会い。
ぼくが傘をささずに手首に引っ掛けて持ち歩けるなんていつぶりだろう。
女の子が一緒に散歩コースを歩いてくれる。そんなひとときだけなのに、いつも聞いてる雨音よりも心臓がうるさい気がする。
この時間を大事にしよう。いっぱい話そう、まだ犬の名前だけで互いの名前も知らないんだ。
雨男です、晴れ女です。だけじゃ、面白くないじゃないか。
ぼくの左手が女の子の右手を握る事になるのはもっと先だけど、この頃のぼくはそんなの知りもしないで仲良く犬の散歩をしていたんだ。
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