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第1章−11 異世界の勇者は魔王です(11)
予告も予兆もなく、突然現れた謎の魔法陣。
魔法陣のあまりの眩しさに、勇者との『接客中』にもかかわらず、オレは不覚にも目を閉じてしまった。
それは一瞬。
……エロフな魔法使いが唱えていたのは、氷撃の最高位呪文だったはずで、光の柱が出現するものではない。
聖女が唱えた呪文でもなかった。
身体に痛みはない。目くらましにしては派手すぎる呪文だ。
三十五人の勇者に倒された経歴をもつオレでも知らない魔法だった……。
勇者の攻撃を受け止めるために、オレは思い切って目を開ける。
「…………?」
光は消えていた。
消えている。
オレの頭の中が、疑問符でいっぱいになった。
(勇者が消えた……?)
勇者はいない。
視覚的な意味だけではない。
勇者の存在自体、感じることができなくなっていた。
呆然と、オレはその場に立ち尽くす。
(オレの勇者が消えただと!)
そのかわりとでもいうように、騎士や貴族、魔術師……いや、神官っぽい服装をした老若男女が、オレの目の前にわらわらといた。
(なんだ……これは?)
(いや……なんだここは?)
(オレの謁見の間はどこにいった!)
状況が情報として次々と流れ込んでくると同時に、疑問と違和感が、オレの中をいっぱいにしていく。
(お……オレの勇者はどこにいった! どこだ、オレの勇者は!)
慌てて周囲を見渡すが……やっぱりいない。
そういえば、勇者のオプションたちもいない。
興味がなかったから、今まで気がつかなかった。
おあずけをくらった不満……というより、半身をもぎ取られたような不安が、じわじわとオレの心の中を侵食していく。
オレは幻術でも見せられているのだろうか?
だとしたら、なんとも、無意味な幻術だ。
意図がわからない。
ここは……どこからどう見ても、謁見の間ではなかった。
目眩がした。
その場にしゃがみこみたいのを、オレは懸命にこらえる。
狭い……石造りの小部屋に、大勢の人間がぎゅうぎゅうに押し込められている。
密室での密状態だ。
リーマンだった勇者の記憶にあった、『電車の中』によく似ているくらいの混み具合だ。『通勤ラッシュ』ほどではない。
オレの足元には、染料の原料は不明だが、使用済みとなった謎の魔法陣がある。
わずかではあったが、そこから魔力の残滓を感じることができた。
コレにオレの魔力を流して再稼働したらどうなるのか……。ふと、思いついてしまった。
少し考えてみるが、魔王城の謁見の間に戻る……確率はかなり低い。という結論に達した。
魔法陣を読み解くと、どうも、不完全な部分がある。
なんとなく、いくつかの要因が、偶発的にかさなって発動成功したっぽいんだよな……。
むしろ、この魔法陣だけを発動させると、事態はさらに悪化しそうな予感がしたので、そういう危険行為はやめておこう。
オレは慎重派なので、そのような冒険はしたくない。
とりあえず、魔法陣の形状だけは覚えた。
魔法陣を稼働させる呪文がわかれば、オレも『光の柱をだして相手に幻術を見せる』ことぐらいはできるようになる……かもしれない。
小さな部屋の中は、押し殺したざわめきと、興奮に満ちていた。「成功した」とかいう言葉があちこちで囁かれている。
全員の食い入るような視線が、オレに向いている。
(うわあ……っ)
大勢のニンゲンに見られたことがないオレは、それだけで狼狽えてしまった。
見世物になってしまったようで、いたたまれない。
(幻術にしては、妙にリアル……すぎるよな。空気感とか、気配とか……)
嫌な予感がする。
そして、こういうときの予感って、必ず当たるものなのだ。
固まった状態のまま、キョロキョロと視線だけを動かしているオレの前に、いきなりひとりの若者が進み出た。
たったそれだけのことで、ざわついていた室内が静寂に包まれる。
部屋にいる全員が、青年の行動を息を殺して見守っていた。
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