72人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章−13 異世界の勇者は魔王です(13)
「……? ニホン? トーキョー? そのような場所に心当たりはございません」
「…………」
「勇者様、ここはリュールシュタイン王国の王城にある儀式の間です」
オレの過剰反応に若干とまどいながらも、エルドリア王太子は、笑みを崩さない。
で、なぜか、手も握ったままだ。
オレが逃げ出すとでも思ったのか、さらに指を絡めるように強く握られてしまう。
これはちょっと……困ったことになったよね?
「勇者様、落ち着いてください。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
跪いたまま、手はオレの手に絡めたまま、エルドリア王太子はオレの名前を聞いてくる。
「いや、だから、オレは魔王だっていうの!」
「……ま、マオ・ウ様ですね。素晴らしいお名前ですね」
再びにっこりと笑われるが、違う!
わざとなのか?
「違う、オレは魔王だ! マ・オ・ウ!」
「マオ・ウゥゥ……様ですか?」
エルドリア王太子は、こてり、と首を傾ける。
……わざとではなさそうだ。
その仕草が、意外にもあどけなく目に映って、なんだか……胸のあたりがキュンとくる。
(な、なんだ? この『キュン』っていうのは……)
さきほどから心臓がバクバクとうるさい。困った……。
気づけは、オレの手はエルドリア王太子の胸に引き寄せられている。
オレを引き寄せるだけでなく、自分の方からも、ぐいぐいオレに近寄ってくる。
(な、なんなんだ? この王太子は!)
オレは焦って身を引くが、後退したぶん、王太子がオレのほうににじり寄ってくる。
(近い! 近い! これ以上、近寄るな!)
王太子のパーソナルスペースって、どうなってんだ!
「違う! 何度言ったらわかるんだ! オレは勇者じゃなくて、勇者に倒される魔王なんだよ!」
じりじりと距離を寄せてくる王太子を懸命に押しのけながら、オレは叫ぶ。
まさか、異世界ということで、オレの言葉が通じていないってことはないだろう。
「御冗談を。勇者様」
あ、ちゃんと言葉が通じている。
よかった……。
いや、安心するのはそこじゃない。
「こんなときに、冗談なんか言ってられるか! オレは魔王だ! オレの勇者はどこだ!」
まだ接待の途中……いや、接待は始まったばかりなのだ。
勇者放置なんて、ありえない。
「なにをおっしゃっているのですか? マオ様が勇者です。マオ様は魔王などではありません。女神の加護を受け、世界を救ってくださる勇者様が、マオ様です」
「女神って、ミスティアナか!」
オレは、悲鳴に近い叫び声をあげていた。
舌をだして、「テへっ」とかなんとか言いながら、コツンと拳骨を額に当てている女神が脳裏に浮かんだ。
(あの……ポンコツ女神がっ!)
心のなかで吠えまくる。
今回は……えらく手の込んだことをしてくれたもんだ。
今にはじまったことではないが、ミスティアナは何を考えているのか……よくわからない。
いや、確か、そのときの流行を追っているとか言っていたか……。
ただ、枕が変わっただけで眠れなくなる、デリケートなオレとしては、毎回、毎回、変わり種をぶっこんでくる女神様には、正直なところ辟易している。
特にヘーセー勇者は悲惨である。
リーマンとか、一度死んで転生した勇者とか、精神年齢が高い勇者が混じるようになってきた。
見た目は子どもだけど、中身はオッサンはまだいい。許せる。
だが、勇者だと思って丁寧に対応したら、そいつはクズ――ハズレ――で、一緒に召喚されたダークホースに、後ろからサクッとされるのだけは勘弁してほしい展開だった。
アレは消化不良で、全くもって不愉快極まりない。
ヘーセー勇者はオレの予測の斜め上ばかりをいってくれて、対応に困る。
オレだけでなく、選んだ女神自身が、勇者に翻弄されてるんだから、呆れ果てる。
勇者設定は変わったものをチョイスしてくるが、不思議なことに展開はほぼテンプレ通りだ。
まあ、ゴールが『魔王であるオレを倒す』というのが変わらない限り、テンプレ展開が続くのだろう。
テンプレ展開に飽きているといったのは、オレだ。
刺激が欲しいと言ったのもオレだ。
だが、ここまで捻くれた展開にしてくれ、とは頼んでいない。
なんか、仕事が雑すぎないか?
(オレが対処しきれないようなことをやらかしてくれて、どうするんだ!)
オレが欲しいのは、あくまでも『刺激』なのだ。
トラブルを増やせとは、ひとことも言ってない。
これが、ミスティアナのいう『刺激』なのか! 『アバンチュール』なのか!
「ミ、ミス……ティア……ナ様? という女神様は存じ上げません。我が国を導き給う女神様は、至高神アナスティミア様です」
(誰ソレ……)
そんな女神、オレは知らない……。
最初のコメントを投稿しよう!