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第1章−2 異世界の勇者は魔王です(2)
嬉しさのあまり小躍りしたいところだが、オレはぐっとこらえる。
威厳と威圧に満ちた魔王オーラを勇者たちには放つ。
勇者は聖剣を抜いているが、まだ構えてはいない。こちらを警戒しながらも、勇者は足早にオレの方へと近づいてくる。
足早……うん、けっこう、早歩きだね。
(え? この勇者、めっちゃ、歩くの速い?)
いや、もう少し、ゆっくり歩いて、魔王城の謁見の間を堪能して欲しいんだけどな……。
ぐいぐいと躊躇なく近づいてくる勇者に、オレは少しだけ戸惑いを覚える。
(三十六番目の勇者、あまりにも無防備すぎるぞ。もっと、周囲を警戒しないとダメじゃないか!)
罠とか、待ち伏せの兵士がいた場合、どうするつもりなんだろう。と心配するが、そんなものはもともとない。
勇者は簡単に、お互いの顔がわかる場所にまで近づくことができた。
オレの目の前に現れた今回の『勇者様御一行』は、そこそこ若い。
過去にはソツギョーモクゼンとかいうショーガクセーの勇者様もいたので、最年少の勇者ではない。
が、若い。
幼い顔をしている。
童顔……じゃないかな?
ここ数回、リーマンだのオッサン勇者だのと、肩こり腰痛、頭髪の薄さに悩む、渋めな勇者がつづいていた。勇者平均年齢が上がっていたので、それなりには目新しい。
女神のマイブームに変更が発生したんだろう。
今回の勇者は、男の子。うん。男の子だ。髪の色は黒。目の色は黒に近い茶色だった。
異世界の勇者によくある、ザ・勇者カラーだ。
大きな目は、愛くるしい小動物の目のようにくりくりっとしていて、キラキラと輝いている。まつ毛はフサフサしており、とっても長い。くっきりとした二重が可愛い。男の子。
手足はスラリと長く、姿勢もよい。背は、オレよりも少し高いくらいか? オレと同じく、筋肉質ではなさそうだ。
ただ、度胸はあるようで、魔王を前にしても、怯えた様子もなく堂々としている。
色白で、髪の毛はふんわりとウェーブがかかっている。小さな鼻に、小さな可愛らしい唇。全体的には平たい顔。
うん。これは、間違いなく、勤勉で真面目なニホンジンだ。
たまにニホンジンでも、ハーフだとか、髪の毛を染めて金髪になってたりするが、目の前にいる三十六番目の勇者は、そうではなかった。
過去のデータから判断するに、三十六番目の勇者は、コウコウセーあたりだろう。
だが、ニホンジン勇者は、童顔という設定が多いから、案外、ダイガクセーとか、ニートとかいう奴かもしれない。
オレは歴代の勇者たちの感想を集約すると「カッコいい」「ハンサム」「ハイユウみたい」「イケメン」「美青年」らしい。
目の前の勇者は、オレとは違い「カワイイ系」にカテゴライズされるのだろう。
オレが勇者を観察している間も、勇者の歩みは止まらなかった。
少しだけ、歩くスピードがおちたのは、勇者も魔王であるオレのことを観察していたからだろう。
最初の一撃をどうしようか、考えているのかもしれない。
そうこうしているうちに、勇者の顔がはっきりと見える距離にまで近づいていた。
この謁見の間は、メイドたちの手によって、三日前から念入りに掃除され、磨き上げられ、チリ一つ落ちていない状態になっている。
内装もこの日のために一新したよ。
急いでいたわりには、いい品が手に入ったとおもう。
ちゃんと、勇者対決用舞台設定予算を組んでいるからね。
さっき、勇者が歩いてきた、扉からオレの玉座まで一直線に伸びている、毛足の長い赤絨毯も最高級の新品だよ。今回の勇者たちも気づいていないだろうけど……。
(今回も、完璧だ! 準備時間は短かったけど、完璧だ!)
声にはださずに、思いっきり、がんばった自分を褒める。
だが、喜んでばかりもいられない。
オレの達成感をわかちあえる――オレが立派に討伐される様子を見届ける――忠義の部下が、今回はいないんだ。
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