第44章−5 異世界の謝罪は長いです(5)

1/1
66人が本棚に入れています
本棚に追加
/288ページ

第44章−5 異世界の謝罪は長いです(5)

 フレドリックくんから答えを聞かなくても、彼が願いそうなことは、なんとなく予想がついたけどね。  それでも確認は必要だよ。 「魔王様……わたしの願いは『わたしのことなど忘れて、魔王様が幸せになること』です」 「やっぱり…………」  フレドリックくんのこと、シーナのことを忘れて、オレが幸せになる? 「それは無理だ」 「魔王様……」 「フレドリックくんのこと、シーナのことを忘れたらオレは幸せにはなれない……」 「でも……」  フレドリックくんの口にキスを落とす。  軽いキスのつもりだったんだが、抵抗されなかったので、嬉しくなって、ついつい、啄んでしまい……。ちょっと、欲張って舌を入れて絡み合う感触を愉しんでしまった。  まだまだ夜ははじまったばかりだからね。  急ぐ必要はない。 「大丈夫だよ」  自分の甘くかすれた声にドキドキしながら、オレはフレドリックくんへともたれかかる。  フレドリックくんの首筋を軽く舐めあげながら、耳朶に歯をたてる。 「オレは魔王だ。自分の世界に帰る方法くらい、自分でみつけてみせるさ」 「あなたらしいですね……」  フレドリックくんの言葉にオレは喉の奥で「クククっ」と嗤う。 「フレドリックくんは、オレのことが好きか?」 「はい。愛しています。あなた以上に、わたしは、ずっと、ずっと前から、あなただけを愛しています。その愛の深さと重さは、あなたのものよりもはるかにしのぎます。それは、今でもかわりません」 「だったら……」  オレは艶然とした笑みを浮かべながら、夜着の紐をほどいていく。 「なにも言わずに、オレを抱いてくれ。オレを抱くことだけを考えてくれ。もう……我慢できないんだ」  甘えた声で懇願する。  抱いて欲しい……。  魔力の消耗が激しくて、魔素を補充したいんだ……と、もっともらしい理由をつけて、シーナの魂と記憶を持つ、フレドリックくんを誘惑する。  仰向けで寝転がると、ミシっと音がしてベッドらしきものが軋んだ。  壊れそうで壊れない。  なかなか頑丈なベッドだ。 「セナ……。会いたかったです。会いたかった。我慢できませんでした。……傷つけてしまって申し訳ございません」 「もう謝るな。どういう形であれ、もう一度、シーナのことを思い出すことができて、シーナの魂に会えた。フレドリックくん、オレを喚んでくれてありがとう」 「ですが、封印されていた記憶まで呼び起こしてしまいました……」  フレドリックくんの声は震え、顔は苦悶で歪んだままだ。  それは嫌だ。  無理な注文だとはわかっているけど、彼には昔のシーナのように微笑んでいてほしい。 「あの記憶は辛い。平気と言えるほど、オレは強くない。でも、フレドリックくんが側にいてくれたら、フレドリックくんが幸せなら大丈夫だ。シーナが消えていないとわかれば、オレは大丈夫だ」 「セナ……」 「フレドリックくん、シーナに会わせてくれてありがとう。後悔はしてない。今日までのこれまでは、シーナに会うための対価だと思えば、安いものだ」  フレドリックくんの逞しい身体がオレの上に被さり、互いの手がお互いを求めて絡み合う。  身体が動くたびにベッドはギシギシと悲鳴をあげ、飛び散った羽毛が驚いたかのように宙に舞い上がった。  今までの空白の時間を埋めるかのように、オレたちは相手を強く求めて、その存在が確かなものであるかを確認する。  時間の軸と異なる世界を超えて、オレはようやく、会いたかったヒトに再び会うことができた。  これが、至高神アナスティミアが用意した『サプライズ』だと気づくのはもう少し後のことだ。  そして、その『サプライズ』はアナスティミアの世界にオレを繋ぎ止める、呪いじみた枷でもあったのだ。
/288ページ

最初のコメントを投稿しよう!