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第1章−5 異世界の勇者は魔王です(5)
正直、三十五回も『勇者対魔王の最終決戦』を体験をしていると、テンプレ展開は安定していて、安心できるんだけど、どうにも飽きてくるんだ。いわゆる、マンネリ化……というやつだよね。
決して、手を抜いているわけじゃないんだけど、緊張感がなくなるというか……。
すみません。油断してました。
でもね、テンプレ展開がつづくとね、目新しい刺激がなくて、単調になってくるんだ。
設定とかちょっとひねったところがあっても、けっきょく、大筋は同じで、刺激がない。
そう。刺激だ。
オレは刺激に飢えていたんだ!
漫然と魔王として、魔族たちの頂点に立って魔王担当エリアを統括し、きたるべき勇者対決に向けて、討伐される準備をコツコツと積み重ねる。
このルーティーンが確立されればされるほど、コトはスムーズにすすむのだが、楽しさがなくなってくる。
愚かにも、オレは新たな刺激を、こともあろうか、女神に欲してしまったのだ。
****
実は、ここだけの話……。
毎回、勇者召喚が行われる前に、聖なる女神ミスティアナが、オレのところに『召喚される勇者の希望』を聞きにくるのだ。
女神ってよっぽどヒマなのか、律儀な性格なのかはわからない。
とにもかくにも、女神ミスティアナはリサーチが大好きな女神だった。
「魔王ちゃん、そろそろ勇者を召喚する時期になっちゃったんだけど……魔王ちゃんからは、なにか召喚する勇者に希望がある?」
と、聖なる女神ミスティアナが、魔王城に降臨して、質問してくる。
希望は聞かれても、オレの望みどおりにはならないことが多い。
なので、そのとき、オレは「ああ……またなんか、女神が言ってきたよ……」という軽い気持ちで「刺激が欲しい」とミスティアナに申告した。
それを聞いたミスティアナはというと、まな板のようなペッタンコな胸を思いっきり反らし、「おーっほっほっほっ」と、高笑いを響かせた。
どっちが悪者なのか、わからないくらい、悪女っぽい見事な高笑いだった。
女神ミスティアナの高笑いを手本として、練習を重ねたくらいだもんな。
今日の高笑いも、ミスティアナのものをオマージュした。
そういう意味では、女神ミスティアナは、オレの師匠でもあるわけだ。
このポンコツ女神のきまぐれで勇者が選ばれ、ある日突然、問答無用で異世界に誘拐拉致されるのだから、ホント、勇者は気の毒である。
「魔王ちゃんの可愛いらしいお願いは、この聖なる女神ミスティアナにお任せあれ!」
パチン、とオレにむかって派手にウィンクして、なにやら「キャピッ」とか言いながらポーズを決める。
本人は、「バッチリ決まった」とか思っているんだろうね。
可愛いか、可愛くないのか、って聞かれたら、可愛いと答えてしまう。
女神様としての品位がないのは間違いないけどね。
勇者世界の魔女っ子変身の決めポーズのまんまコピーだから……。
ふざけているのか、と怒りたいところだけど、本人はすごく真剣だし、めちゃくちゃ再現度が高いから、妙に腹立たしくもある。
オレにしてみれば、聖なる女神とか呼ばれているミスティアナの方が、邪悪で、悪魔のような存在だからね。
はっきり言おう。あの女神が諸悪の根源だ。
というか、自分で自分のことを『聖なる女神』とか言っている時点で、もう、終わってるとおもうよ。
「魔王ちゃん! いいこと? ヘーセーは終わりを告げたのよ! 今からレーワが始まるから覚悟しなさいっ!」
「…………」
一体全体、なにを覚悟したらよいのだろうか? オレの冷ややかな反応にも、女神はめげない。
うふふん。とか言いながら、笑っている。
なんだか、ものすごく、不吉な未来を予感させる展開だった……。
別名、勇者の守護神ともいわれる女神ミスティアナだが、魔王であるオレにも――こんな調子ではあったが――ことあるごとに顔をだしてきては、なにかと理由をつけてからんでくる。
「おい、女神! いいか? オレの望みは『刺激』だ。『トラブル』じゃないぞ。そこのところ、わかってるだろうな? 『トラブル』の意味はわかっているだろうな?」
「モチのロンよ!」
「なんだ、ソレはっ!」
「ようは、サイコーのアバンチュールを演出したらいいんでしょっ!」
「そ、……それは違うぞ!」
オレは、女神の勘違いを訂正しようとしたのだが、時間切れだとかなんだとか言いながら、迷惑女神はオレの前から慌ただしく姿を消した。
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