第1章−6 異世界の勇者は魔王です(6)

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第1章−6 異世界の勇者は魔王です(6)

 それからしばらくして、女神の予告どおり、異世界から勇者が召喚された。  聖なる女神ミスティアナによって召喚された三十六番目の勇者は、近年の勇者にしては、珍しくやる気のある子だった。  ピアス穴もなく、服装の乱れもない。真面目な優等生タイプ。  もしかしたら、異世界では眼鏡をかけていたかもしれない。  こちらに召喚される段階で、勇者補正がデフォルトでついてくるからね。  どこか身体に悪いところがあれば、それが解消された都合の良い状態で、こちらの世界にやってくるんだ。  視力矯正が一番わかりやすいだろうね。  あと、虫歯とか。  チュウネンリーマン勇者が、肩こり、腰痛、水虫が治ったとか、髪の毛が増えたとかで、とても喜んでいたのはナイショにしておこう。  最悪、召喚された者が『遺体』であったとしても、異世界に呼ばれれば、欠損部分は治療され、補完された状態になっているらしいからすごいものである。  なので、シンゴウムシした子どもや子犬を助けようとして、トラックとやらにはねられて異世界に召喚された勇者も、ピンピンしていた。  それくらいは召喚サービスだ。  でないと、魔王討伐なんて、面倒な仕事を任せるのは気の毒だろう。  さて、今回の三十六番目の勇者だけど、けっこう、残虐な性格なのかもしれない……。  だって、立ちはだかるオレの部下たちを、サクサクと躊躇なく倒し、他の誘惑や突発イベントには脇目も振らず、最短ルートでココにやってきたんだ。  へーセー勇者に実装されている、初期からチート無双設定を有効活用したんだろうが、到着があまりにも早すぎる。  近年、チートなるものが大流行しだし、勇者はあっさりと、最短距離でここまでやってきて、サクッとオレを倒してしまう……ようにはなってきた。  それこそ、魔王と対峙した恐怖も、苦難の道程の情緒もあったものじゃない。  恐るべし、チートだ。  過去、えらく方向音痴な勇者が召喚された。その勇者は度々、同行者とはぐれ、迷子になった。  迷子度合いも、ちょっとはぐれる……というものではなく、とんでもない場所に迷いこんだり、予想外の場所に行き着いたりと……大変だった。  魔族も巻き込んでの大規模な捜索隊も結成されるくらいの大騒ぎも、一度や二度ではなかった。  どこに行くにも、迷ってばかりだったので、魔王討伐も難航した。  あのときは、世界中が、方向音痴の勇者に翻弄されて疲弊した。  その教訓を活かし、それ以降、オレたちは『魔王城はこちら』という看板を要所となる箇所に設置するようになった。  親切丁寧なわかりやすい看板があり、女神の加護があって、チート無双状態であったとしても、この日数でここにたどり着くのは、なかなかの強行軍だ。  『召喚されてから、魔王城に到達するまでのかかった日数』の最短記録も更新された。  同行者たちもよくがんばったものだ。  三十六番目の勇者の手際の良さと、効率的なルート選択に、オレとオレの部下だけでなく、女神ミスティアナも慌てふためいた。  っていうか、勇者の性格くらい事前にリサーチしないのかなぁ……。  オレはマンネリ化に対して女神にクレームをだしたが、早く片付いたらいいというものでもない。  ここまで頑張れる、ということは、元の世界にやり残した大事なことがあって、一刻も早く戻りたいのだろう……。  ある意味、健気な勇者だ。
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