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第1章−7 異世界の勇者は魔王です(7)
早く元の世界に戻りたがっている勇者は、直立不動のまま、オレをじっと見つめている。
(な、なんなんだ!)
全身から冷や汗が流れ出る。
(なんで、そんなに、睨まれなくちゃいけないんだ!)
……大きくてかわいい目をしているのに、目線がキツくて、正直、怖い。
可愛い子が怒ったら、ものすごく怖い。といういい例だ。
目ヂカラだけで、弱い魔族なら昇天してしまいそうだ。威圧がハンパない。
さすがに、オレはそれくらいでは死なないが、いくらオレが魔王だからって、そんなに食い入るように見なくてもいいだろう、と思ってしまう。
なにやらブツブツと呟いている。呪文だろうか?
ちょっと、怖すぎる。
オレがなにか……勇者個人から恨みを買うようなことでもしたのだろうか?
いや、それはない。
絶対にない。
そういう接点をつくる暇もなく、三十六番目の勇者は一直線でここにやってきたのだ。
脇目もふらずに、立ちはだかるオレの部下を、無慈悲にもサクサクと切り捨て、最速でやってきた勇者だ。
どっちかっていうと、部下を失ったオレの方が、勇者を恨みたいくらいだ。
ショウワの勇者は、ちまちま、コツコツと、スタート地点をウロウロして魔物を倒したり、ダンジョン巡りをして、己の体技を鍛え抜いてから、オレに挑んできた。
レベルアップの犠牲となったスライムの数があまりにも多すぎて、おもいあまった幹部たちが寄付をつのり慰霊碑をつくったくらいである。
初期の頃の勇者はひとりでオレに挑戦してきたのだが、そのうち、馬車とか、飛空艇といった乗り物を使って、団体で攻めてくるようになってきた。
魔物をティムして、従魔として挑んできた勇者もいる。
かと思えば、なかにはえらく慎重な奴もいて、勇者が召喚されてから、ここにくるまでずいぶんと待たされたこともあった。
あまりにも時間がかかりすぎて、うっかり勇者の存在を忘れかけたこともある。
さらには、人選間違ったんじゃないか? っていうくらい、なにもやろうとしない勇者もいて……とても困った。
そのときは、わざわざオレが変装して、勇者に近づき、次に進む場所のヒントを与えたり、お姫様を拐ってみたり。なんやかんやとイベントを企画して、サボりがちな勇者の尻叩き役もやった。
まあ……手がかかる子ほど可愛いというか……あれはあれで、今ではよい思い出となっている。
し・か・し!
この勇者は、初見でいきなり、めっちゃものすごい眼力でガンを飛ばしてくる。
今までにはないパターンだ。
(こ、これが、女神のいう、刺激なのか……?)
いやいや、これは、刺激じゃなくて殺気だ。
(勇者……怒ってる? 怒ってる……よな? なんか、めちゃくちゃ怒ってる……ように見えるよ?)
視線だけではなく、ついには、闘気までが溢れ出てきた。
いわゆる、勇者オーラだが、それもまた、見事なまでの怒り一色だ。
(やだ。怖い。この勇者、めちゃくちゃ怖い……)
ずっと睨みつけられることに耐えられなくなったオレは、勇者からそっと視線を反らす。
オレのその反応が気に入らなかったのか、勇者の闘気がさらに威力を増した。
(ひ、ひえええええ……っっっ)
何故だ! わからん!
魔王のセリフが陳腐すぎて気に入らなかったのだろうか?
勇者召喚が納得できなかったのだろうか?
あの、ノーテンキな女神ミスティアナが、勇者の逆鱗にふれ、機嫌を損ねたのだろうか?
目が合わないように注意しながらも、オレは眼下にいる勇者をチラチラと観察する。
ふと、勇者の黒ずくめの装備に目が止まった。
ゴテゴテしい、勇者の装備ではなく、控えめな肩当てに、胸当て、籠手と、勇者にしては軽装備だ。しかも、意匠も簡素で、装飾らしいものは全くない。
シンプルな勇者の装備を見ていると、自分の魔王の衣装が、派手すぎるように思えてきた。
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