第1章−1 異世界の勇者は魔王です(1)

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第1章−1 異世界の勇者は魔王です(1)

「フッハハハハハァ……。待ちかねたぞ。聖なる女神ミスティアナに喚ばれし勇者たちよ! ついにここまでたどり着いたか!」  ここは、魔王城、最上階、最奥……にある謁見の間。 「勇者よ! 数々の試練を乗り越え、よくぞここまで参った! 我が女神に代わって褒めてやるぞ。その武勇に免じ、我が直々にオマエたちの相手をしてやろう! 我が力を思い知るがよい」  オレは三十六回目となる『勇者様御一行大歓迎』のセリフを高らかに言い放つと、魔王の玉座から勢いよく立ち上がった。  両手を広げ、異世界からやってきた三十六番目の勇者を、決戦の場に迎え入れる。  オレを討伐するために異世界から召喚された勇者は、巨大な扉の前で立ち尽くし、玉座の前にいるオレを呆然と眺めている。  う――ん、ちょっと、距離がありすぎて、お互いの表情がよく見えない。魔王城のムードをだすために、わざと照明を落としているのも、影響しているだろう。  この距離では、勇者がなにを考えているのかよくわからないぞ。   もうちょっと、勇者にはこっちに近づいてほしいところだが、オレは定番となった魔王のセリフを続ける。 「われは魔族の長にして、この世界を統べるもの。この世界の真の支配者だ。勇者よ……今までのようにはいかぬぞ。魔王の真の恐ろしさを、今ここで存分に思い知るがよい!」  バサリという派手な効果音を立てて、オレのマントがひるがえる。  この瞬間のためだけに新調した、濡れ羽色の最高級マントだ。 「さあ、勇者よ! 世界の命運をかけた最後の戦いといこうではないか!」  広い、広――い、無駄に広い謁見の間に、オレの美声が朗々と響き渡る。  配下の魔族たちなら、この一声だけで「はは――っ」と、一斉にひれふさせる威力をもっているが、この場にいる魔族はオレひとりなので、反応は恥ずかしいくらいに冷え冷えとしたものだ。  最初の頃は、異世界からわざわざやってきたという勇者のために、魔王らしいセリフを長々と言わねば、と変なところで気負っていた……と思う。  文官たちと『勇者様御一行突撃訪問対策チーム』なるものを作って、何日もかけて、『魔王らしいセリフとはいかなるものか?』といった協議を重ねていたこともあったな。  あれはもう……若気の至りでしかなかったよ。  だが、オレたちの苦労に反して、ラスボスを前に興奮状態、アドレナリンでまくり状態となっている勇者は、魔王のセリフなどハナから聞いてもいない……ということにオレは気づいてしまった。  それからは、毎回毎度、同じセリフを使いまわしている。  このセリフは、かれこれ、十一回目になる。  もう、しっかりばっちり暗記してしまったし、ときどきは夢にまででてくるくらい、馴染みのあるセリフになった。  オレにとっては使い古された十一回目であっても、勇者にとっては、初めての一回目だからそれでいいんだよ。  決して、勇者との対決に手を抜いているわけではないよ。あくまでも、効率を重視しているだけだからね。  いいかげん、三十六回も同じことを繰り返せば、それなりに貫禄もでてくるし高笑いとかも、堂に入ってきた。……と信じたいんだけど、評価してくれるヒトが女神ひとりだけだから、ちょっと困っている。  だって「魔王ちゃんは、なにを言ってもカッコいいから、それでオールオッケーなのよん」と言われて、「そうですよね」って信じられるか? 納得できるか? 安心なんてできないだろ?  少なくとも、オレは女神のコトを信じてはいない。  悪っぽい笑みとか、カッコよく見える角度と光源の位置とか、マントの翻し方などの演出効果も、研究と検討を重ねているんだけどね……。誰も気づいてくれないんだよ。 「オマエが魔王か?」  勇者が叫ぶ。  叫びたいから叫んでいるのではなく、謁見の間が広すぎて、普通の音量では、相手に届かないから、オレも勇者も叫ぶのだ。 「そうだ! 我が、魔族の長であり、この世界に君臨する魔王だ!」  できるだけ偉そうにふんぞり返って、「フハハハハ」と高らかに笑って、勇者が玉座に近づくのを待つ。 (待ちに待った、勇者対決の瞬間がやっと来た!)
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