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完結
「コノハ…!おい…コノハ?」
左腕を斬られ、コノハはその場から動かなくなってしまった。禍津日ノ神(まがつひのかみ)は、動かなくなったコノハを見下ろし、刀に付いた血を振り落とした。
「脆いの…愚神が」
「よくもコノハを!お前!何が神だ!人を助けるのが神様なんじゃないのか!」
「お前の様な奴は神と名乗る資格は無い!」
「言うなあ…小僧。何だ?神に向かってその口の聞き方は」
禍津日ノ神が刀を振り上げ、僕を斬ろうとした瞬間、その刀の前に誰かが立ちはだかった。
「ほぅ…お前は…」
「そうよ!邇邇芸命(ニニギノミコト)推参!遅くなってすまなかったな!妻よ!」
突然現れた男は片手で禍津日ノ神の刀をいなし、もう片方の手で倒れているコノハを広い上げた。
「青年!サクヤビメを宜しく頼み申す」
「あ、あ、はい!」
「あ、あなたも神様なんですか?コノハの事を妻って…」
「ワシはサクヤビメの旦那、天照大神の息子、邇邇芸命と申す!」
「コノハに旦那がいたのか…知らなかった…とにかく奴をお願いします!」
「おう!」
そう言うと邇邇芸命は大きく振りかぶり、禍津日ノ神に向かって右拳を打ち付けた。それを刀で跳ね除けた禍津日ノ神は、刀に紫の炎を纏いもう一度振り下ろした。
「この愚神どもが!何人来ようが相手にならんわ!消えろ!」
「禍津日ノ神よ!お前の刀なんぞスサノオの剣に比べれば何ともないわ!」
二人の激突の間には雷が起こり、目に見えない速さでお互いの攻防を繰り返していたが、決定打が取れない邇邇芸命は一旦下がり、もう一度体制を整えた。
「やはり天照大神の太陽が無いと真の神力が発揮できぬか…」
そうしている間に、僕はコノハをだき抱え、境内の端に向かって走った。そこには神の争いから逃げてきた人々が、数百人集まって互いに震えていた。
「みんな…ここにいたのか…」
その人々を見て、僕はコノハの先程言った言葉を思い出した。
「皆さん!聞いてください」
「この少女は富士山本宮浅間大社の神様、コノハサクヤビメです!」
皆はザワついた。お参りには行くものの…皮肉な事に、まさか神様が実際にいるとは誰も信じてはいなかったからだ。僕もそうだった。手を合わせ、見えない神様にお願いをする。それが信仰と言うものだから。
「皆さんにお願いがあります。どうか手を合わせて願ってください。この状況を打破するには皆さんの力が必要です!」
「賽銭は必要ありません!ただ心から本気でお願いをしてください!ここにいる…コノハ達が勝利するようにと!」
僕は気絶しているコノハを見て涙を流した。
「願いは必ず…叶うはず…です」
シンっとしていた数百人の人達は、僕とぐったりしているコノハを見て徐々に手を合わせだした。
その瞬間、皆は心から神様にお願いをしていた。それは巨大な力になり、神々に届いた。
“超神だのみ”が起こったのだ。
「うっ…太郎…近くに…いるかの?」
突然コノハの体が光を帯び、小さな手が僕の指を握った。
「いるよ!コノハ!ここに!」
「すまぬ…腹が痛くてのぉ…リュックとやらから…」
「ヤクルトだな!わかった。今出すよ!」
手を合わせ拝む人々は、目を瞑り口々に勝利を願っていた。その度にコノハの光が大きくなり、無くなっていた左腕が、光に包まれ現れた。
「正に神の奇跡だ…良かった…」
僕はヤクルトを一本コノハに渡し、コノハはそれをグイっと一気に飲んだ。
「ふぅ…生き返ったわい。ありがとうな、太郎よ」
「良いよコノハ…本当に良かった…」
「さて…悪鬼を倒しに行くかの」
コノハは手を合わせ、詠唱を始めた。
体は光に包まれ、コノハは大人になり、神化した姿になった。
「見ておれ太郎よ、これが真の神様の力じゃ」
「わかったよコノハ。行ってらっしゃい」
そう言うとコノハは地面を蹴って高く飛び上がり、手から短刀を出現させ、禍津日ノ神に向かって光の速さで斬りつけた。それを刀で受けた禍津日ノ神は驚いた様子で叫んだ。
「何だと!太陽が無いのにサクヤビメが神化している…」
「おお!妻よ!帰って来たか!」
「邇邇芸命か!久しゅうのぉ」
二人は一瞬会話を交わすとそれぞれ地を蹴り、禍津日ノ神に向かって飛びかかった。
「くらえ禍津日ノ神!これが神の力じゃ!木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)の名の元に、お前を地に堕とす!」
光を纏った拳と短刀は、禍津日ノ神の胸を貫き、光の爆発と共に黒い甲冑もろとも吹き飛ばした。
「やった!コノハが勝ったぞ!」
僕と境内にいた人々は歓喜に沸き立ち、拳を上げて喜んだ。
禍津日ノ神の腹にはデカい穴が開き、彼はうなだれ、力を無くして倒れていた。
僕達の“超神だのみ”によって復活した神々の中に天照大神もいた。彼女はその状況を確認すると、手を上げて太陽を出現させた。
「神災は終わりです。この地に光が戻りました」
天照大神のその言葉に、神様も人々も更に歓喜した。
「コノハ!ありがとう!」
「いやいや、こちらこそありがとうのぉ」
そう言ったコノハはまた小さな体に戻っていた。旦那の邇邇芸命も彼女に寄り添い、勝利を喜んでいる様子だった。
「えー…ここで発表があります」
境内に隠れていた矢乃波波木(ヤノハハキ)がゆっくり現れて皆の前でこう言った。
「私が見るところ…サクヤビメ様は妊娠しております」
「えぇー!!!」
そこにいた全員はその発表に驚いた。一番驚いていたのはコノハだった。
「だからお腹が痛かったのかのぉ…」
お腹を触りながら呟くコノハを見た邇邇芸命は彼女をだき抱え、妊娠を喜んでいた。
僕も嬉しくなり、駆け寄ってコノハを祝福した。
「おめでとうコノハ!でも、今までの腹痛は、あまりヤクルトは関係無かったんじゃ…」
「うーむ…いや…でも“やくると”は好きじゃ、甘くて美味いからのぉ」
皆はそれを聞いて笑った。光り輝く太陽の元、その場所には幸せな時間が続いた。
その後、神様達は自分のいるべき神社に戻り、各地は静かで平穏な日々が戻った。
コノハも富士山本宮浅間大社に戻り、出産の準備に入った。しばらくはコノハとは会えそうには無かった。
僕はあれから毎月、富士山本宮浅間大社にお参りに行き、その度に本堂にヤクルトをお供えしていた。
「コノハに元気な赤ちゃんが生まれますように…」
今日も僕がそう拝んでいると、賽銭箱の奥からヒョイっとコノハが顔を出した。
「あ!!コノハ!」
「おお!太郎や、久しぶりじゃのぉ」
「赤ちゃんは生まれた?」
「生まれた生まれた。三つ子じゃったわ」
「おめでとうコノハ!」
「…ところでまた、お主の家に行っても良いかのぉ?」
「良いけど、もうウチのヤクルトは必要ないんじゃないのか?腸内環境の心配は無くなっただろ?」
コノハは俯いて少し考えた後こう答えた。
「もうお腹は痛く無いからのぉ。腸内環境は気にしとらんが…今度はお主の町内の環境が気になる。また悪い悪鬼が出るかもしれん…じゃろ?」
「腸内環境の次は町内環境?なんだよそれ、ははははは!素直にまた一緒に居たいって言えよコノハ!」
僕達が歩いて帰る川沿いの道に咲いていた桜の花々は、僕らを見守る様に咲いていて、それはとても綺麗な満開桜だった。
完
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