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その3
今日はコノハと二人で電車に乗り、神迎え祭に出る為に島根県の出雲大社に行く日だ。僕は出発の準備に忙しく、朝からバタバタしていた。
「お母さん!僕の学生証知らない?学生証があれば電車代が割引になるんだ」
「あれ?昨日リュックに入れて無かったかしら?」
「朝からうるさいのぉ太郎は。自分の事は全部自分でやるのが道理じゃぞ」
コノハは両手を広げ、片足を上げてお母さんにズボンを履かせて貰いながら、僕を見てそう言った。
「いや、今のお前が言うなよ」
僕とコノハは家を出発し、朝早くの電車に乗る為に駅に急いだ。駅で電車を待っていると、コノハが突然地面に座り込んだ。
「痛いのぉ…痛いのぉ…」
「どうした?コノハ」
「お腹が痛いのじゃ、“やくると”あるかのぉ…?」
「確かお母さんが昨日コノハのリュックにヤクルト入れてたよ。今出してあげる。」
「ワシはお腹が弱くての、すまんの」
僕はコノハの小さなブタさんリュックを開け、中から昨日お母さんが用意したおやつ袋を出してコノハに渡した。
「ふぅ…生き返ったわい…」
ヤクルトを飲み干したコノハは立ち上がり、すっかり元の様子に戻った。
「ところで…コノハは何でヤクルトを知ってるんだ?」
「以前に富士山本宮浅間大社におる時、参詣に来た旅人が入口の地蔵に“やくると”をお供えして行ったのじゃ、それを飲むと不思議と腹痛が治っての」
「そうなんだ…ヤクルトって凄いんだな」
「中に入っておる、びひずす菌が良いらしいぞな」
「へ−…ちなみにそれビフィズス菌の事ね」
そうこうしているとホームに電車が来た。僕達が席に座ろうとすると、向かいの席に妊婦の乗客が重そうな荷物を棚に上げようとしていたので、僕は荷物を片方持ってあげた。
「あら、ありがとうね…助かるわ」
「いえいえ、元気な赤ちゃんが生まれる様に神様に願っておきますね!」
僕はそう言ってチラっとコノハを見た。最初は横を向いて知らん顔していたコノハだったが、女性の顔を見てハッと何かに気づいた。
「おう?お主、もしかして矢乃波波木(ヤノハハキ)ではないか?」
「あらまあ木花之佐久夜毘売(コノハサクヤビメ)様ではないですか!ご無沙汰してます」
どうやら偶然二人は知り合いの様だった。
「太郎よ、紹介するぞ。こやつは矢乃波波木。子宝の神じゃ。365日常に妊娠しておる」
「えぇ…子宝の神様だったの…俺、なんか神様に向かって神様にお願いするとか、恥ずかしい事言っちゃった…」
「えぇ…その願い、しかと聞きましたわ」
「矢乃波波木、お主も出雲大社の神迎え祭に向かっておるのか?」
「そうです。サクヤビメ様、この電車しか丁度良い時間がなくて……」
「あら?…」
その時、矢乃波波木はコノハを見て何かに気付いた様子だった。
…………………………………………
出雲大社に着いた僕達は境内を歩き、日本各地の神様が集まると言われている本殿に向かっていた。その時三人は強烈な耳鳴りがし、僕達は本堂の手前で立ち止まった。
「ぐっ…コノハ…何だ今のは…」
「まずいの…」
すると先程まで明るかった空が突然幕を垂らしたかの様に真っ暗になってしまった。
そこに居た人達は最初は不思議そうに空を見たりスマホで写真を撮っていたが、徐々に焦りだし、堰を切ったようにパニックになった。
「…これは一体どうなっとるんじゃ…太陽が消えてしまっておる…」
「おおーい!サクヤビメ!大変な事が起きた!皆は無事か!?」
向こうから走って来たのは身の丈二メートルを越す大男だった。
「どうしたのじゃ月詠(ツクヨミ)」
「太陽神、天照大神(あまてらすおおみかみ)がやられた!太陽が消えてしまった」
「何じゃと!?」
「サクヤビメ様!あれをご覧になって!」
太陽があった位置を見ると、空に浮かんでいる二つの人影があった。
目を凝らすと赤い着物を来た女性が刀で体を突き抜かれており、ぐったりしている。その後ろには真っ黒な甲冑(かっちゅう)を着た男がいた。
「ははははは!この時を待っていたのよ!1000年もな!」
男は女性から刀を抜き、既に意識の無い女性を地面に放り投げた。
「天照大神!」
コノハが手をかざすと女性は地面少し手前でピタっと止まって浮いていた。
「強く禍々しい力じゃ…お前!天の岩戸に封印されていたのではないのか!」
「のう…禍津日ノ神(まがつひのかみ)よ!」
禍津日ノ神が黒い刀をブンっと振ると出雲大社の本堂は斬れ、真っ二つに割れた。中には既に沢山の神が居たが、それらも皆吹き飛ぶ程の威力だった。
「神迎え祭にお前らが集まると聞いてな。この時を逃さぬ様、1000年間天からの雨水を飲み、神力を蓄えておったのよ!」
「これは困った…あやつは闇の中では強敵すぎる」
「太陽が消えた今、神々の力は衰えてしまっておるしの…」
コノハは長袖シャツの袖を捲り、手を合わせた。
「月詠!お主は月の神じゃ!月を輝かせて、出来るだけ太陽の様に見せるのじゃ」
「わかった…やってみる」
「矢乃波波木!ワシはあやつの動きを止める!お主は身重ゆえ境内に隠れておれ!」
「分かりましたサクヤビメ様…ご武運を…」
「…太郎!」
「はい!」
「お主は逃げろ、出来るだけ遠くへ」
「嫌だ!僕もここにいる!」
「僕だって何かの役に立てるはずだ!」
そう言って真剣な眼差しでコノハを見ると、コノハは少し黙った後こう言った
「そうか…」
「ではそこで手を合わせ…神頼みでもしておけ、少しはワシらの力になる」
「わかった…神様にコノハ達の勝利を願えば良いんだな?!」
「無駄な事を!この暗闇で我、禍津日ノ神に勝てると思うか?愚神どもが!」
そう叫ぶと同時に禍津日ノ神が刀を振り上げ、次の瞬間コノハ目掛けて突進して来た。
「頼む…山々の神よ、我に力を…」
コノハは合わせていた手を開き、透明なシールドを広げ、禍津日ノ神の斬撃を食い止めた。
「ぐぐぐ…やはり天照大神の力が無い今、少しばかりキツいのぉ…」
「わはははは!太陽が出ておらず、神化できないお前らなんぞ怖くも何ともないわ!」
禍津日ノ神が最大限の力を加えると結界シールドは割れ、禍津日ノ神の斬撃はコノハの肩を貫き、コノハの左腕は切り落とされ、空を舞った…
その3 終
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