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 早朝、日が昇る前。空は明るいけれど、地上はまだ暗いという時間帯に、ルーナとルアンのお母さんは村の出口まで一緒に歩いた。 「ルーナ。元気でね」 「はい」 「落ち着いたら、連絡を頂戴。直接帰って来ては駄目よ」 「はい。手紙を書きます」 「名前は『ルーナ』以外でね」 「はい」  ぽつぽつ話しながら、二人で歩く。  他に歩く人がいない早朝の村は、素朴な家々が一つ一つ離れて建つ、牧歌的な気持ちの良い村だった。  ルーナは村の端まで来て、ルアンのお母さんに挨拶した後、また呪文を唱えた。  多分、ルーナが呼んだのはベルナルドだろうと思う。でも、意に反して、今度はリアムが表に出てきた。 「お母さん」 「え?」  その場で見送りに立っていたルアンのお母さんに、リアムが振り返る。 「先に死んじゃってごめんね」  泣きわめいている時と違い、リアムが普通に発するルーナの声は、幼くてあどけない、可愛い声をしていた。 「あら……。あなた、リアム?」  ルアンのお母さんは驚かず、ルーナから事前に聞いていた名前を呼んだ。彼女はリアムのお母さんではないけれど、ルアンの「お母さん」ではある。 「うん。家に帰れなくてごめんなさい。心配かけてごめんなさい。ぼく、お母さんに謝りたかったの」  リアムにとって、ルアンのお母さんが自分のお母さんの姿に重なったのかな?  ルアンのお母さんは涙をポロっとこぼしながら、首を横に振った。 「いいの。ここであなたが迷っている方がお母さん、心配よ。ちゃんと先に天の国へ行って。お母さんが行くまで待ってて」 「うん。わかった」  ルアンのお母さんはボロボロ涙を流しながら、無理やり笑顔を作る。 「リアムのお母さんも、きっと向こうで待っているからね」 「うん。ルーナに、ぼく、もう行くねって伝えて」 「ええ、わかったわ」  リアムはそう言ったあと、ルーナの身体の正面からふっと離れた。  ルーナの視界からはリアムの後ろ姿しか見えなかった。小さな、四歳くらいの男の子。  この子がルーナを守ってたんだ……と、私はルーナの中から呆然と見送った。  リアムは普通にてくてくと正面の街道を歩いていって、途中でふぅっと空気に解けるようにその姿を消した。  ……未成仏の幽霊が成仏する瞬間、初めて見ちゃった。  払暁の綺麗な空の下、気持ちのいい朝の空気の中で、普通の景色のように、とても自然な感じだった。  私も天国への道が見えたら、ああいう風に逝くんだ、きっと。  ルーナの身体の方は、ベルナルドが表に出ていた。  泣いて顔を覆っているルアンのお母さんに、「俺からルーナに伝えておくから。世話になった。お元気で」と言って、ベルナルドはその場を離れた。  さぁ、気分を切り替えて。  これから『ルアン』の領地越え、国境越えの旅が始まる。
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