盛夏 アーシャ湖にて

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「そのくせ出向(しゅっこう)招来獣(しょうらいじゅう)討伐数は二番手! そんなやる気のない態度で、一体どんな手を使ってるんだ!?」 「それは、俺とフィルの秘密です」  エミリオは笑顔のまま言い切った。  招来術師(しょうらいじゅつし)にとって、自ら設計図を引いて創った招来獣は相棒であり切り札だ。その情報を他人に開示することはめったにない。 「フィルだってこう見えてけっこう強いんですよ。……とは言っても、討伐数一位であるサザミ殿とグリミアには大きく差がつけられてますけどね」  サザミの機嫌を取るようにエミリオが言葉を重ねると、サザミはふんと顎を反らした。 「俺はフィリエル工房の首席だからな。他工房(よそ)から来た連中に負けるわけにはいかない!」  そう言ったものの、サザミはすぐに表情を曇らせた。細められた目には強い不満の色が見える。 「だからこそ、サリエートだって俺たちが倒さなきゃならなかった。招来術師(おれたち)以外がサリエートを倒したなんて、そんなこと認めたくもないし広めたくもないんだが……」  夏空の下に凍りつく湖。その異様な光景は、一体の招来獣によってもたらされたものだった。  名は白のサリエート。その特性から工房内では”男殺しのサリエート”とも呼ばれていた。五年前に起こったアーフェンレイトの大災禍(だいさいか)の際、対である黒のグラスメアと共にクウェン内外に多大な被害をもたらした招来獣だ。 「サリエートを俺たちの手で討伐する。それを世に知らしめてやっと、五年前の汚名も返上できるってものだったのに……」  悔しげに顔を伏せるサザミを見て、黒猫とエミリオはきょとんと顔を見合わせた。 「──おぉい、ここに!」  エミリオが口を開く前に、ふと遠くから声が響いた。  離れた先にいる術師が大きく手を上げて二人を呼んでいた。サザミとエミリオが近づくと、術師は固い面持ちでぬかるむ地面を指差す。 「……足跡か。招来獣じゃないな」  見下ろしたサザミが赤茶色の目を瞬かせた。同じものを見たエミリオも興味深そうに頷く。 「どう見ても人間のもの、ですね。しかもカルバラ側からこちらへ向かってきた跡です」 「探せば他にもあるかもしれない。……どこまで辿れるか調べてくれ」  サザミから指示を受けた術師はすぐに了承してその場を離れてゆく。再び地面に目を落としたエミリオは、足跡の隣に二、三歩ゆっくりと足を踏み出した。  水気を含んだ土にエミリオの靴が沈む。ぬかるみに残された二種類の足跡をサザミとグリミア、そして黒猫が顔を突きつけるようにして見比べた。 「お前と比べると歩幅も足形も明らかに小さい。泥の沈み具合も全然違う。これじゃまるで……」  屈みこんだまま、サザミが不審げに眉を寄せる。エミリオは手元の地図に文字を書きつけながら言った。 「これは、後でトビア様に報告ですね」
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