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「白い竜とやらの行方は?」
サザミが再び問いかける。
「サリエートとの交戦後どうなった? 相打ちにでもなったのか?」
「それが、よく分からないのです」
元々アーシャ湖周辺は氷上の靄で視界が遮られている。巻き上がる風に視界が晴れたのも一瞬のこと。白い竜はどこからともなく姿を現し、そして気づいた時には消えていたという。
「我々の認知していない、例えばカルア・マグダで創られた新たな招来獣の可能性もあるかと思われます」
「しかし、サリエートと互角、あるいはそれ以上の招来獣をあちらが創ったとなると……」
「ううむ……」
しんと静まり返った空気の中で、若い術師の一人がおそるおそる声を上げた。
「……もしかしたら”救世主”なのでは?」
全員の視線が術師に向いた。
若い術師は重圧に耐えかねたのか、目を伏せると細い声で言う。
「白き獣を連れた、赤き衣の救世主。サリエートと対峙すれば相当の犠牲が出るはずだった我々に被害はなく、アーシャ湖からは全ての招来獣が姿を消した。これは、その、……神の御業なのではないでしょうか?」
何とも言えない沈黙の後で、トビアが小さく息を吐いた。
「まあ、今回の出来事は、人の手で起こったとは考えられないことばかりですからね」
「トビア様」
尖った声を上げたのはサザミだった。
「巷で騒がれている救世主はフェーダの威を借りて世間を謀る偽物でしょう。そんな輩がサリエートを退治したなど、我々が認めるのはいかがなものかと」
強く苛立った口調に若い術師は縮こまる。
トビアは表情を変えない。
二人の術師は無言だが、その顔はサザミよりも若い術師の心情に近いように見えた。アーシャ湖にひしめく招来獣たちを常時監視し、作戦の厳しさを感じていた彼らにとって、今回の一件はまさに奇跡のような出来事だったのだろう。
トビアは何と言って場を収めるのだろうか。エミリオが興味深く成り行きを窺っていると、トビアの濃茶の瞳と目が合った。
「エミリオ、あなたの意見は?」
「え?」
「あなたはたしか、ヒースの時に救世主について報告書を出していましたね」
トビアの表情は静かだが、その視線は射るように鋭い。形ばかりの参加かと思っていたが、やはりこのまま静観するだけでは済ませてもらえないらしい。
「そう、ですね……」
エミリオは考えをまとめるように一つゆっくり瞬きをすると、口を開いた。
「ヒースでは、村を訪れた女、男、そして子どもの三人連れが招来獣を討伐したと伝わっていました。俺もその可能性が高いと判断し、トビア様に報告書を提出しました。今回アーシャ湖周辺に残されていた足跡は、それらの内容とほぼ一致します」
「つまり……」
「俺は、同一人物だと考えます」
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