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メルイーシャの花
「エミリオ」
背後からトビアに声を掛けられ、天幕を出ようとしていたエミリオは足を止めて振り返った。
「はい?」
そばかすの散る童顔な上司の顔には、感心と呆れの入り混じった表情が浮かんでいた。
「あなた、よくあの場であれだけのことが言えましたね」
「他工房の人間も使えそうな所を見せた方が良いみたいだったので」
そう言って、エミリオは青い目にいたずらっぽい光を浮かべた。
「でも、トビア様だって同じことを考えていたのでは? 招来術師がサリエートを倒すのが、工房にとって一番望ましい筋書きですから」
「否定はしません」
サリエートが消失したらしいと聞いた時点で、トビアの思考は今後起こるであろう聖都での会合やカルマへの牽制といった諸々の算段に傾いていた。エミリオが似たようなことを考えていたのは意外だが興味深くもあった。
トビアはここ数日ですっかり日に焼けた顔を上げてエミリオに尋ねた。
「件の救世主が声を上げてくる可能性、あなたはどの程度と考えます?」
「いやあ、出てこないと思いますよ」
エミリオは笑って首を振る。
「目立つことが目的ならもっと前から主張してるはずです。それにサリエートを倒したなんて妄言、言ったところで世間から相手にされるわけがない」
「まあ、そうでしょうね」
では一行は何の目的でサリエートを倒したのだろうか。何のために、何の利益があって?
「……一番の懸念は、彼らが祭司長のいずれかと結託していること、ですか。アーフェンレイト以降の求心力の低下はフェーダ教にとっても死活問題でしょうし」
半ば独り言のような呟きだったが、エミリオは平然と答えた。
「それは大丈夫だと思いますよ」
「何故そう言い切れるのです?」
トビアが訝しげな顔をすると、エミリオは口をつぐんで周囲を見回した。他の術師たちは既に天幕を離れた後で、入口にいたグリミアの姿もない。
近くに人の気配がないことを確認すると、エミリオはぐっと声をひそめてトビアに言った。
「……例の一行。たぶん、シウル・フィーリスの招来獣を連れてます」
「シウル・フィーリス、ですって?」
唐突に告げられた名に、濃茶の目が大きく見開かれた。
「四年前、聖都クウェンティスを襲い、審問中だったシウル・フィーリスと共に行方知れずとなった招来獣。……トビア様なら覚えているのでは?」
エミリオの言葉を聞き、記憶を辿るようにうつむいたトビアは、やがて小さくうなった。
「白い竜。まさか」
「アーシャ湖の話を聞いた時、俺はそうじゃないかと思いました。……工房ではよく、白い鴉の姿で連れていたんですけどね」
小さな呟きに、トビアの目がはっとエミリオの襟元に向けられた。
金環の内に花を象った記章は招来術師の証だ。咲かせた花の意匠は、工房ごとにそれぞれ異なる。エミリオの付ける昼顔の花の出身は──。
「あなたは、シウル・フィーリスと同じメルイーシャ工房の術師でしたね」
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