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おくすり様のお社がある洞窟は、町の北側にある山の鳥居をくぐりぬけ、獣道を進み、その先にある階段を何段も登っていかなければいけない。
運動神経のいい夏と違い、太っていて体力もない佳代にはなかなかしんどいことだった。それでも夏に“早く、早く”と急かされて、渋々足に力をこめる。階段を上り切り、二つ目の赤い鳥居をくぐった時にはもう、息も絶え絶えになってしまっていたのだった。
「ほら、ここよ」
鳥居を抜けてすぐそこに、一つの洞窟があった。よくみると両脇の木には注連縄のようなものもかけられている。
「この向こうに、おくすり様がいらっしゃるの。失礼のないようにね」
「夏ちゃん、おくすり様に助けて貰ったことがあるの?」
「そうなの!おばあちゃんがぎっくり腰で倒れちゃって、本当に困っていたから。あたしがお参りに来て、おばあちゃんの腰を治して貰ったってわけ」
「おくすり様っていうから、薬を貰って帰ったってこと?」
「違うわ。おくすり様は、お参りに来た人に薬を振りかけてくださるの。そうすると、その人の願いに応じて、遠いところにいる人に奇跡が起きるというわけ。私は薬というより、本当は不思議な術のようなものではないかと解釈しているわ」
「へえ」
夏は佳代と違って学校の成績も良いし、たくさん本も読んでいるはずだ。異世界に迷い込むような幻想的なお話も大好きだと、以前語っていたはずである。不思議な術を使う神様が出てくるような、そんな作品もあったのかもしれない。
「この洞窟をまっすぐ行くと、お社があるから。そこで、“おくすり様、おくすり様、願いを聞き届けてください”と言って」
彼女は洞窟の奥を指さした。
「大丈夫。一本道で坂道もないし、そう遠くもないから。運動神経が良くなくて方向音痴な佳代ちゃんでも、きっと簡単に辿り着けるわよ。此処から先は、一人で行かないといけないけど」
「……うん、わかった」
「帰り道はもうわかるよね?あたしは先に帰ってるから。頑張って!」
夏はひらひらと手を振ると、さっさと来た道を引き返して言ってしまう。ぽつん、と残された佳代は、気が進まないと思いつつも疲れた足を引きずって洞窟に入っていったのだった。きっと、夏は夏で、一生懸命佳代のことを思ってこういう提案をしてくれたのだ。そう自分に言い聞かせながら。
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