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二十七歳になったおれは、ハスケル様に無事に受け入れてもらって、ほっと一安心していた。バスルームの椅子に座って、足を伸ばす。それからゴツい軍用ブーツを脱ぎ、靴下を脱いで、足の運動をした。
おれのいるバスルームは南側にあり、日射しをカーテンが遮っている。バスルームにあるのは猫脚つきの、白い陶製の大きなバスタブに、真鍮製のシャワー。床に敷かれたペルシャ絨毯は美しく色褪せて、よけいに貫録が出ている。枝を伸ばした裸木のようなコート掛けと、そこに吊るされた籠。籠の中には一時期流行った、ぜんまいで動く鳥の模型がちょこんと座っていた。リアルで、けっこう可愛い。そして、大きなカウチが一脚。イギリス風の浴室だ。
おれが椅子に座ってぼーっとしていると、扉にノックの音がして、アニーさんが入ってきた。
アニーさんはすらりとした、魅惑的なボディラインの人で、顔にそばかすがある。目は茶色。花のように笑う。そう、バラのような人だ。
ドキドキしながら会釈する。アニーさんも会釈して、可愛い声で、
「お着替えをお持ちしました」
そう言った。でも、カウチに着替えを乗せるとすぐに出て行ってしまった。
その後すぐに、ハスケル様が入ってきた。上着を脱ぎ、ネクタイを外し、シャツに紺色のドレッシング・ガウンを羽織っている。ハスケル様はおれを見ると、
「脱いで、脱いで」
と急き立てた。顔は笑っているので、ふざけているのだろう。でも、なんだか恥ずかしい。
「一人でできます」
おれがそう言うと、ハスケル様は悪戯っぽい目になった。青い瞳が、チカリと光る。
「二十一年ぶりの再会なんだよ、マリウス。少しはかまってくれ」
「かまうって……。からかってるんでしょう? おれは大人になりました。一人でもできますっ」
「そうか、残念だ。じゃあ、あのころとは違う成長したところを見せてくれるかな? なにせ五歳の君は風呂の後、私に下着を履かせてもらえないと、いつまでも泣きじゃくっている仔犬だったんだからね」
顔がかあっと熱くなり、耳がピンと立つ。恥ずかしくて、全身燃えそうだ。
「む、昔のことは言わないでください! 今はそんなことないんだから」
臍を曲げたおれがアーミーシャツのボタンに手を掛けると、ハスケル様はくすくす笑った。
見られながら、服を脱いでいく。泥だらけの服を床に脱ぎ捨ててもいいのかと心配だったけど、ハスケル様は気にしないでいいと言ってくれた。
服を全部脱ぐと、少しばつが悪い。実は、けっこうケガをしているからだ。
蛮族の長は歳を取ってもとても手強く、動きも素早く、おまけにあっちは部下を入れて十五人。首を獲るまでにおれもけっこうやられた。
ハスケル様はじろじろとおれの左手を見ている。慌ててはぐらかした。
「ハ、ハスケル様……。おれ、チンコ丸出しなんですよ。そんなにじーっと見てないで、早く風呂に入らせてください」
ハスケル様はおれの左腕を、掬うようにそっととった。日に焼けた傷だらけの腕に這う指は、白くて長い。骨格からして形のいい、痩せたしなやかな手。なんだか少しどきっとした。なんでだろう?
綺麗な眉間に皺を寄せ、ハスケル様はおれの左手の薬指を見つめている。
「……薬指、折ったね?」
今度は「どきっ」ではなく、「ぎくっ」とした。バレてる。おれは慌てて、右手で左手を隠そうとした。
「だ、大丈夫です。折れてないです」
「いや、折れている。だめだよ。この指は、パートナーができたら指輪を嵌める指なんだから。粗末にしては」
そうぶつぶつつぶやいて、ハスケル様はおれの目を見つめた。青い、美しい瞳が吸い込まれそうな光を放つ。
「今から回復呪文を記した呪符を作るから、それを指に巻いてしばらく過ごしなさい。いちばん痛むのはその左手の薬指だと思うが、他の傷はどう? 切り傷に打撲に火傷。呪符、それ用に作っておこうか?」
おれはふるふると首を振る。あまりに申し訳ない。おれは、ハスケル様を助けに来たのに! 用事を作って、こっちが助けてもらってるなんて。
「だ、大丈夫です。犬の獣人は回復が早い。傷も、そんなに痛みません」
「それならいいが、私には遠慮してはいけないよ。じゃあ、呪符を作ってくるから、しばらく痛くない体勢で待っていなさい。そうだ、気休め程度かもしれないが、頓服の痛み止めもある。飲むか?」
「い、いいです。大丈夫です」
「君は我慢のできる犬だということは知っているが、しすぎもよくない。特に、私の犬になったんだ」
ハスケル様はおれの顎に手を掛けて、にこっと笑った。
「たまには甘えるように。いいね?」
眩しい笑顔に、おれの目は潰れそうになった。ハスケル様は、おれの天使様だ。おれはただ跪くだけ。お慈悲を垂れてくださったことに泣くだけなんだ。
「ありがとうございます、ハスケル様。ハスケル様のこと、しっかりお守りしますっ!」
おれがデカい体を丸めて訴えると、ハスケル様は優しく微笑んだ。
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