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2.
翌朝、スマホから鳴り響くアラームで目が覚めた私は、また「1件のメッセージが来ています」と書かれたインスクグラムの通知を発見した。
[おはようございます♡
返信もらえてすっごく嬉しいです!
かなぴよさんのカフェの投稿、すっごくおしゃれでいつも参考にしてます♡]
「うわ、またふじ子だ」
すっごくおしゃれでいつも参考にしてます、か。
素直に褒められるのは嬉しい。反動でスマホを使う手が勝手に滑る。
[そう言ってもらえて光栄です。
ケーキの撮り方とかけっこう研究してるので]
[やっぱりそうなんですね!!
特に、1週間前に投稿されてたカフェの写真が好きです♡]
1週間前。
自分の投稿を遡ってみると、それは最近私がハマっている郊外のカフェ「ウィステリア・カフェ」の紹介投稿だった。
洗練された北欧のような雰囲気をまとった内装と、上品な味わいのケーキやドリンク。
そして個人的にこの店は男性の店主が一人で店を切り盛りしているのだが、その人のコーヒーを淹れる様子がなんとなくかっこよくて、ここ1ヶ月くらいはその人を見るためにウィステリア・カフェに通っていると言っても過言ではない。
自分のお気に入りのカフェなだけに、褒められたら喜びもひとしおというもの。その気持ちのままに、文字をつむぐ。
[ウィステリア・カフェですかー最近イチオシのカフェなんですよ]
[そうなんですね♡
実はあたしもこのカフェ行きつけなんです!]
「えっ」
驚いた。
[特に、このカフェのほうじ茶フラペチーノが大好きなんです♡]
[え!めちゃわかります]
思わず全・私が激しく共感した。
[ほんとですか?!
あたし、意外な組み合わせって思われちゃうかもしれないけど、ほうじ茶フラペチーノにキャラメルソースの追加トッピングを頼むのが好きで♡]
[え!まじで!?私もその組み合わせでいつも頼んでる!]
心の弾みが如実に文面に現れる。敬語は自然と外れていた。
まさか、ほうじ茶フラペチーノにキャラメルソースをカスタムするという、いまだかつて誰からも共感を得られなかった組み合わせを試したことがあり、さらにはそれを好んで飲んでいる人がいるとは。
さらにウィステリアでよく食べるケーキやお気に入りの日替わりクッキーの曜日、来店したら絶対に座りたい席の位置に至るまで、ウィステリア・カフェに関するふじ子と私は驚くほどに一致していた。
もっと話したい。
気持ちははやるけれども、今日は平日であと10分後には家を出発しなければ出社が遅れてしまうほどに、時間は迫っていた。
ふじ子からまた何件か新規のメッセージが来ていたが、既読をつけずに私はそのまま会社へ向かった。そうだ、今日から私が1から企画した新しいプロジェクトが始まるんだった。
新卒で憧れていた大手の企業に就職できた。そこから6年後、私の企画が初めて実用化されることになり、プロジェクトリーダーとして今回の企画を担当することになった。嬉しいことこのうえない。
ただ、初めてプロジェクトリーダーを任されたとあって、不慣れな仕事ばかりが舞い込んできて、まったく心労はたまる一方であることも事実だ。
仕事終わり、時計をちらりと覗いて20時前であることを確認した私は、ウィステリア・カフェへと足を運んだ。
甘い飲み物と店主に癒されたいという気持ちもあったし、うっすらと「ふじ子本人に偶然会えたりしないだろうか」という軽い期待もあった。
結局、その日は私が最後のお客さんで、ふじ子らしき女性客を見つけることはできなかったけれど、客が一人だった閉店間際には初めて店主と話すことができた。
「いつも頼まれてますよね、ほうじ茶フラペチーノ、ホイップ増し、キャラメルソース追加トッピング」
珍しい組み合わせなので覚えちゃいましたよと話しかけられて、甘いもので仕事の疲れをいやしに来たという話に始まり、
仕事は女性下着で有名な企業で、
初めて大きな企画を任されて、
でも仕事を充実させるあまり28歳にもなってまだ彼氏ができたことがない……というプライベートの話に至るまで、
長々としゃべりすぎてしまった。
あまりに私の話ばかりしすぎただろうかと気になりだしたら止まらなくなり、家に帰る頃には後悔で押しつぶされそうだった。
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