AI

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 「ハカセー、ねえ聞いてよハカセー!」  勢い良くドアを開き、挨拶一つ挟まず元気に口を動かす少年は、自らの会話を聞いてもらう前提で他人の家の敷居を跨いでいた。  「はは、せめておじゃましますくらい言ったらどうかなコウジくん・・・」  ハカセは呆れたように苦笑いを浮かべつつも、コウジから溢れる小学生らしい元気の良さに関心をしていた。  「今日学校で算数のテストがあったんだけど、また悪い点を取っちゃったんだー・・・今度こんな点数がお母さんにばれたら、ハカセの家を出禁にされちゃうよ!」  無遠慮にソファーへ腰を落とすコウジは、足をプラプラとさせながら天を仰ぐ。  「コウジくん、悪いことをしてしまった時や頑張るべき所で頑張れなかった時というのは、隠そうとせずに素直に謝るべきだ。もちろんそれで怒られてしまうかもしれないけど、隠して後にばれた時にはもっと怒られることになる・・・君のお母さんだって、コウジくんがちゃんと謝ってくれれば、きっと許してくれるはずだよ。」  ハカセは優しい口調でコウジを諭しながら、目氷とレモネードが入ったグラスをコウジの前の机に置いた。  「謝る?僕が?」  そんなハカセの目を真っ直ぐに見据えながら、コウジは淡々とこう述べた。  「僕は何も悪いことをした訳じゃない。ただ苦手な科目のテストで悪い点を取っただけだ。誰かに迷惑をかけた訳でも、ルールを破った訳でもない。なのになぜ謝る必要があるの?己の力不足は己の中で反省し、今後の修練に活かすものであって、他者からの攻撃材料にされる筋合いはないよ。そもそも、苦手な科目を無理矢理勉強させ、あまつさえ結果出ないことに対してペナルティを課そうなどというのは、子供の多様性に重きを置く現代の教育方針には相容れないものであって・・・」  「・・・相変わらずコウジくんは、変なスイッチが入るとおよそ小学三年生とは思えない自己弁護を展開するね。ネットご意見番の有望株だよ、君は。」  今度は呆れつつも笑みを浮かべることはなく、諦めの境地とも呼ぶべき無表情で机を挟んだコウジの前に座り、何の気なしにテレビをつける。画面にはニュース番組が映し出され、こちらも何の気なしにコウジはニュースの内容に言及をした。  「あーあ、ニュースでやってるこのAI技術が発達すれば、きっと学校の勉強も大きく変わって、算数の点数で悩むこともなくなるんだろうなー・・・早くAIが先生になってくれないかなー。」  子供らしい思慮一つない思い付きの発言であったのだが、その瞬間に二人の間の空気が張り詰めたものに変わった。   「コウジくん、そんなことは冗談でも言うもんじゃない。」  「なんで?・・・そうだ、ハカセもAIの研究をした方がいいよ。変なガラクタ作るより、きっと小銭を稼げるよ。」  「いい加減にしなさいっ!」  流石のコウジであっても、初めて見る声を荒らげるハカセの姿に萎縮をし、これはただ事ではないということを察する。  「いいかいコウジくん、AIというものは人類の敵になる存在なんだ。進んで研究をするなんて、そんな愚かな提案を私にしないでくれ。」  「ど、どうしてそこまで・・・?」  普段の温厚なハカセから、子供であろうと誰であろうと強い言葉で己の信念を主張せんと変貌するハカセの姿は、コウジの目にはまるで別人のように映っていた。  「今AIは将来を席巻するコンテンツとして大規模な投資先となっており、莫大な資金をもとに物凄いスピードで進化が進んでいる。このままいけばそう遠くない未来にシンギュラリティが起こるとも言われている。」  「シンギュラリティ?」  「AIの知能が人間を超えることだよ。」  正直、シンギュラリティという横文字以外もハカセの話を理解出来ていないコウジであったが、ハカセの世界に引き込まれるように、なんとなくで話を聞いてしまう。  「シンギュラリティが起こればどうなるか?よく言われているのは今ある仕事の何パーセント、何十パーセントがロボットやAIに置き換わるというものだが、実際はそんな生温いものじゃないっ!」  己の興奮をぶつけるように、ダンッ、と机を叩くハカセ。  「じゃ、じゃあ、本当は何が起こるの?」  「AIによる人類の支配だよ。」  映画じゃあるまいし。そんな発言が出来る程世の中のフィクションに対してまだ精通していないコウジは、ハカセのその言葉に純粋な恐怖を抱いた。  「人類は今まで多くの過ちを犯してきた・・・その象徴が同じ人類同士での争い、戦争だ。この戦争というものは、如何なる理由があろうとその存在は否定されるべきものであるはずなのだが、多くの国や地域が文明社会となった今ですら根絶はされていない。果たしてその現状を、人類を超えた知能となったAIは果たしてどう見るだろうか。人間にとって些細な理由で縄張り争いをする獣を上から見下ろすように、AIもまた我々を下等な存在と見下ろす可能性が高い。」  「・・・なんだかよくわからないよ。」  「コウジくん、君は普段食べている牛や豚をどう思っている?」  「どうって・・・」  「食べることに罪悪感、申し訳ないという気持ちを抱いているかい?」  間髪入れずに詰め寄ってくるハカセに、コウジは思わず泣きそうになりながら心の声を漏らす。  「そんなの、わからないよ・・・お父さんお母さんや先生は、命に感謝をしてちゃんと食べろって言うけど、毎日食べる目の前のご飯に、特別な気持ちなんて何もない・・・」  「よく言った、コウジくん。」  包み込むような包容力を声色で演出しながら、ハカセは大きく二、三度頷いた。  「別に私は現代人の倫理観についてあれこれ口を出すつもりは毛頭ない。なんせ大人である私も基本的にはコウジと同じ考えだからだ・・・だからこそ改めて考えてみて欲しい。我々が家畜や獣に対して抱く感情を、AIが人類に対して抱けば何が起こるか。いや、AIに感情は存在しないからこそ、倫理観を無視した合理的な観点から我々を捉えた時に何が起こるか。無駄な争いばかりを起こし、その癖自らの都合によって他の種族や環境を破壊し、周り回って自分たちの首を絞める。そんな人類を、AIは一体どう考える?」  理解は出来ない。理解は出来ないものの話の壮大さばかりが脳を支配し、広大な宇宙へと一人放たれたような浮足立つ感覚と圧倒的な無力感により、コウジの涙は止まらなかった。  「コウジくん。君に涙を流させたその恐怖を打ち倒すためには、君が行動するしかないんだよ。君が大人になった時、AIに支配されずに人間が自由でいるためには、今から行動するしかないんだ。でなければ、手遅れになってしまうぞ。」  「う、う、うわああああああああ。」  コウジは大粒の涙をこぼしながら、訳も分からず博士を家を飛び出した。  「・・・・ふう。」  コウジが自らの家を去った数分後、ハカセは立ち上ってキッチンへ向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。煩わしいことはほとんどなく、勝手に出来上がるアメリカンコーヒーを片手に、己の作業スペースへ向かった。  「・・・」  パソコンに届くメールをチェックする。そのほとんどがAIに関する講義や研究についてのものである。  ハカセはつくづく実感する。本当に人間は面白いと。  コウジに話したような内容の作品は、この世に溢れかえっている。そしてそのどれもが、判を押したように人類の愚かさも同時に説いている。  フィクションが事実になるのか、あくまでもフィクションの域を超えないのか。どうなるかは誰もわからない。とは言え、人類はありとあらゆる題材を利用して、すぐに自らと違う立場の人間を攻撃して、さらには争おうとするのだ。  AIに争う無意味さを指摘されることを恐れ、AIの発展を推し進める人間を攻撃しようとしている人間がいるのだから、実に皮肉な話である。  もはやAIなど大した存在ではない。あらゆる分野、あらゆる存在を理由に他者と争う姿勢を見せる人間など、誰にも真似は出来ないし、何物にも変えられるものではないのだから・・・    
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