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「……ねえ、さっきの人は君とどういう関係なの?」
俺が目を丸くさせたまま立ち尽くしていると、橘さんが少し躊躇いを持たせた声音で尋ねてきた。
「ぁ……、……恋人、です。」
素直に答えるべきか、そうしないべきか。
一瞬悩んだけど、隠す必要もないように思えてありのままを伝えた。
橘さんは数回瞬きを繰り返した後で瞳を静かに伏せる。
「……そっか。ご愁傷様。」
先程よりもずっとボリュームの小さな声で絞り出されたのはお悔やみの言葉。
……そっか、俺、恋人を亡くしたのか。
ゾンビの姿になった亜貴はもう〝恐怖〟の対象でしかなくて、逃げ切れた事への安堵感に浸っていたけど……。
もうあの温かさには触れられないのか。
毎晩囁かれた甘い言葉も、今日からはもう無い。
「っ……」
実感させられた途端に、ぎゅう、と胸がキツく締め付けられた。
たった1ヶ月の恋人なのに。
俺の酷い人生の中で唯一、俺にあたたかさだけを向けてくれた人。
あんな姿になって、きっと痛くて苦しかったに違いないーー……。
なのに、俺……。
「ゆ、幽ちゃん泣いてるの?」
目頭が熱くなって、ぽろぽろと涙が溢れていくのが分かる。
色濃い恐怖が薄らいで、途端に目の前に現れた現実を脳が処理し始めた。
期間がどうであれ、俺にとっては初恋の人だったのに。
来ないで、なんて、酷い事……。
「う……。」
あんなに大事にしてくれる優しい人、きっともう巡り会えない。
母親が感染した時も、父親が母親に食べられた時も、こんな感情にならなかったのに。
涙が伝う頬が熱い。
……俺、感染してるかもしれないのに、いまが今までで一番人間らしいかもしれないな。
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