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「亜貴ー……?」
もう一度名前を呼んでみる。
……が、反応は無し。
取り敢えず武器になりそうな物がベッドの近くにはない。
仕方なく何もない事を祈りながら心許ないハンガーを手に取り、物音がしたキッチンへと向かう。
生臭さと、微かなパンケーキの甘い匂い。
なるべく足音を立てないようにそろりそろりと爪先立ちでキッチンを覗いた。
そこにはいつもと同じ、黒いエプロンを着けて2人分の朝食を用意してくれる亜貴の姿。
「ア゛ァ……」
ーー……ではなく。
首元が血塗れになった亜貴の姿。目は血走り、顔は蒼白、開きっぱなしの口からは涎がボタボタと溢れ出している。
爽やかイケメンの見る陰もない。
彼はゾンビになってしまっていた。
「あ、亜貴、なんで……?」
震える声が自然と口から溢れれば、此方を振り返るゾンビの恋人。
俺の姿をその目に捉えて涎が溢れた口元が微かに歪む。
「ア゛……」
濁った声が発せられると同時にエプロン姿の亜貴が駆け寄って来た。
いつも俺が帰宅するとこんな風に慌てて駆け寄って来てくれる。
それは大型犬の様な愛らしさがあって、凄く好き……だったんだけどーー
「ちょ、あ、亜貴……!!やめて……!!」
駆け寄って来た亜貴は正面から俺の体を激しく抱き締めて、物凄い力で締め上げようとしてくる。
これじゃ犬とか可愛いモンじゃなくてアナコンダだ!!
いつもの優しいハグじゃなくて、骨を折られそうなとんでもない圧迫感。
「い、きが……!」
色んな臓器が圧迫されて、酸素が上手く吸い込めなくなる。
背中をバシバシと叩いてもやめてくれる雰囲気は無い。
「ア゛、ガ……」
「あ、き……!なんで……!」
理性の無い呻き声が耳元から聞こえてくる。
ーーヤバい、意識、トぶ……!
その瞬間、
「い、った……!!!」
首に太い物が食い込んで、肌を破いた鋭い痛み。
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