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帰宅すると、パパが奥の仕事部屋から出てきたところだった。リュックサックを背負っている。
「キィちゃん、おかえり」
「ただいま。パパ、出社するの?」
「急に呼ばれてね。七時前には帰れると思うけど」
パパはシステムエンジニアリングの会社で働いている。ふだん在宅勤務なのに呼び出されたということは、何かトラブルがあったのだろう。
「もし遅くなるようなら連絡するから」
「わかった。行ってらっしゃい」
見送りのために浮かべた笑顔は、玄関の戸が閉まるとすぐ引っ込んだ。キホは、沈黙を追い払うように声を上げた。
「さあ、課題やろっと」
部屋に戻りランドセルを片付けると、さっそく自分用のコンピュータを起動する。小学校の学習用プラットフォームにログインし、キホは作成したばかりのAIを呼び出した。それから思いつき、ヘッドセットのプラグを差し込む。対話をするなら音声入力の方が楽だ。
>>> kihoさんこんにちは!
[kiho] マイクテスト
[kiho] よし オッケー
[kiho] NIMBUS 調子はどう?
>>> オッケーです。何をしますか?
「何を、ねえ」
観察と記録なら、アサガオでだってできる。けれどせっかくの夏休みだ。何か特別なことをしてみたい。
キホは室内を見回した。壁に貼った映画のポスター。天井から吊るした太陽系と探査機のモビール。枕元に並ぶぬいぐるみ。マンガとプログラミング本でいっぱいの本棚。その下段に積まれた紙箱の山。
キホは紙箱の一つを取り出した。幻想的なイラストに、金色の箔押しで『ウリュスの妖精女王』というタイトルが印刷されている。それはキホが一番好きなボードゲームだった。何度も開け閉めした蓋の縁がよれている。
パパは大のボードゲームフリークで、ママとの出会いも学生時代に通ったボドゲカフェだったらしい。その影響を受けて、キホも幼いころからゲームに親しんだ。簡単なすごろくにはじまり、『無人島の百日間』、『誰が、どうして、どうやって?』、『クリスタルタワー脱出』……。パパとゲーム盤を囲むのは、何よりも楽しかった。
だがそれも、仕事が忙しくなる以前のことだ。パパは友だちを呼べばいいと言うけれど、キホには、おしゃれや恋愛に目覚めはじめた同年代の女子を誘う勇気はなかった。男子(ナオヤみたいな)は論外だし。
それに、キホはただゲームがしたいわけではない。ゲーム内でのちょっとした駆け引きや会話が、好きなのだ。
「……会話か」
キホはコンピュータの前に戻った。
[kiho] すごろくはできる?
>>> ’すごろく’ は存在しないサービス、またはアプリケーションです。
>>> ’すごろく’ をネット検索しますか?
[kiho] 検索はキャンセル
[kiho] うーん まあ
[kiho] そうだよね
[kiho] プログラミングするしかないか
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