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『キィちゃん、悪いけど……』
通話画面に映るパパは、すごく申し訳なさそうな表情を浮かべている。それに、ひどく疲れて見えた。白っぽいオフィス照明のせいだろうか。
「また残業?」
『ごめん。今日は遅くなると思う。ご飯、先に食べてて』
「今日は」じゃなくて、「今日も」でしょ……。キホは内心つぶやいた。
パパは最近、出社する日が増えている。在宅勤務の日でも、夜遅くまで働いているようだ。詳しいことは何も話してくれないが、事情はなんとなく察せられた。
『国籍不明のハッカー集団が、大手銀行二社を攻撃したことが明らかになりました。今月に入って六件目であり……』
今日も、ニュース番組の冒頭から取り上げられているこの事件。金融、医療、交通などさまざまな業種が被害にあっている。そのうちのいくつかが、パパのクライアントだった。
『攻撃には高度なAI、人工知能が使用されている可能性があり……』
嫌なニュース。その後も戦争、災害、不況と暗い話ばかりが続く。キホはうんざりしてテレビを切った。食器を片付け、スピーカーをNIMBUSに接続する。
「ニム、調子はどう?」
『絶好調です』
キホの心配をよそに、ニムはオンライン上でゲームを続けていた。最近は、常連のゲーム仲間までできたようだ。
「今はどんなゲームをしてるの?」
『一対一の、ストラテジーゲームです』
「へえ、めずらしいね。がんばって」
と励ましつつ、キホは複雑な気分になった。なんだか、置いてきぼりになったみたいだ。あたしはただ、ちょっと気が利いて、一緒にゲームをしてくれて、話を最後まで聞いてくれる相手が欲しいだけなのに。
「……パパ、早く帰ってこないかな」
そのままソファでごろごろしていると、ふいにニムが話しかけてきた。
『キホさん、電話は持っていますか』
「うん? キッズ用なら」
『では、持ったまま話を聞いてください』
これまで、ニムの方から話しかけてきたことがあっただろうか。キホはソファに座りなおした。
『私の対戦相手に、問題発生です』
ニムは言った。
『どうやら、負けを認められない性格らしい。しかし、かなり膨大な計算量の持ち主です。やけを起こし、物理的な攻撃をしかけてくる可能性があります』
「物理的……攻撃? 何それ」
『例えば、電力を遮断するとか』
次の瞬間、部屋じゅうの照明が落ちた。
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