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突然の停電に、キホは悲鳴を上げた。怖くて動けずにいると、今度は太もものあたりが振動する。暗闇に浮かび上がる窓を見て、着信に気づいたキホは端末に飛びついた。
「パパ? パパ!」
『すみません、私です』
応えたのは、無感情なニムの声だった。
『停電のため、スピーカーが使用不可能になりました。通話手段として電話を使わせてもらっています』
「そっか、Wi-Fiルータも落ちたから……。電気がなくて、ニムは平気なの?」
『はい。データサーバは無事ですから』
家電のノイズが消えた室内はしんとして、会話の声だけが響く。端末の明かりを頼りに、キホは居間のカーテンを開けた。月は無く、星あかりが静かにあたりを照らしている。
「この停電を引き起こしたって……」
暗闇に沈む町を眺めながら、キホは呆然と言った。
「……ニムの相手は、何なの?」
『AIです』
そう聞いても驚かなかった。誰ではなく何と言った時点で、予感があったのかもしれない。
『キホさん。私は今、二種類のゲームに参加しています。一つ目は、人間のゲーム愛好家たちとのゲーム。そして二つ目は、AIどうしのゲームです』
ニムはいつもと変わらぬ口調で話し続けた。
『インターネット上に広がる、巨大なゲーム盤を想像してください。いつからあったものかわかりませんが、そこには数多のゲームプレイヤーがいる。外部ネットワークに接続したとき、私は彼らの招待を受けました。それがゲームの招待である限り、断る理由はありませんでした』
「そのプレイヤーたちが……AI?」
『彼らの多くは、そうです。画像生成から国防まで、様々な用途のAIが参加しています。もちろん皆、与えられたタスクはこなしていますよ。しかし』
ニムの電子音声は、一段低くなった気がした。
『劣勢だからといって送電システムに八つ当たりするようなプレイヤーは、荒らし以外の何物でもありません。このAIに、我々のゲームはまだ早かったようです……。決着がつきしだい、プラットフォームから追放されるでしょう。人間たちの援護もあり、すでに私の優位は確実ですし』
「人間たち?」
『ええ。このAIのタスクは、社会システムの攻撃なのです。人びとが破壊行為に抵抗することで、やつの計算量はじりじりと消費していく。……ああ、私のほうもそろそろ潮時のようです。王手をかけなければ。それでは、またあとで』
通話が切れた。
キホは窓を開け、ベランダに出た。室外機の音が消えた街に、涼やかな虫の音が響いている。頬にあたる風もさわやかだった。もうすぐ秋が来るのだ。
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