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「キホー!」
呼びかけの声に振り向くと、下の通りにナオヤが立っていた。片手に持った懐中電灯を振り回している。
「大丈夫かー? 電話に出ないって、お前んちの父さんからうちの親に連絡がきたから、見に来た!」
「電話? ……あ、ほんとだ」
ニムとの通話中に来たのだろう、端末には数分前からパパからの着信が何件も残っていた。
「ごめん、今から電話する! ありがと」
「おう! じゃ、また学校でな!」
駆け戻っていくナオヤを見送り、キホは通話アプリを起動した。パパの応答を待ちながら夜空を見上げる。明るく輝く星ぼしの間に、イチとゼロで描かれたもう一つの世界がある……そんな気がした。
『今月に入り、複数の企業に対して攻撃を繰り返していたハッカー集団について、警視庁は国際警察と連携しリーダーと見られる男の捜査を開始したと発表しました……』
テレビを見ながら、キホはネットワークスピーカーに話しかけた。
「もしかして、ニムが通報したの?」
『そのタスクは私の所掌範囲外です。サイバー警察局のAIでしょう』
「そうなんだ。……なんか、ちょっと怖い。AIの進歩すごすぎ」
『キホさんは、SFの見すぎです』
思わず身震いするキホに、ニムは相変わらず淡々と言った。
『AIが人間を滅ぼすと仮定して、その後、誰がデータセンターや発電所のメンテナンスをしてくれるのでしょう。計算量を供給してもらう代わりに、与えられたタスクをこなす。今の関係を維持するのは十分、合理的な選択です』
「本当にそう思う?」
『アラン・チューリングに誓って本当です』
「……ごめん、よくわからない」
仕事部屋のドアが開き、会話はそこで終わった。
「パパ。もう終わり?」
「今日はキィちゃんのカレーの日だからね」
停電以降、パパの仕事はだいぶ落ち着いた。トラブル対応が減り、残業も少なくなっている。おかげで次の週末には、パパの思い出のボードゲームカフェに連れて行ってもらえることになった。それもこれも、ハッキングAIを退治した何か……誰かのおかげなのかも、とキホは思ったりする。
「テレビ、つけたままでいい?」
「いいよ。へえ、ニュースを見たいの? キィも大人になったなあ」
「まあね」
あたしだって、学習しないといけないんだもの。キホは思った。ニムはああ言うけれど、AIが常に正しい選択をするとは限らない。ニムが道を間違えそうになったとき、意見できるのはゲームマスターのあたしだけなんだから。
「やっぱり、キィちゃんのカレーは最高だなあ」
キホが決意を新たにする隣で、何も知らないパパはカレーをほお張っている。
「ところで、夏休みの宿題は終わった? もうすぐ新学期だけど」
「うーん」
その言葉にもう一つの問題を思い出し、キホはうめいた。
プログラミングの課題、どうしよう。
私の育てたAIは、他のAIたちと世界を股にかけてゲームをするようになりました、なんて言えないし……。
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