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―探偵 緑川壮一郎―
ここで緑川壮一郎という男をもう少し詳細に紹介しておこう。
年の頃は三十五、六。身長一八〇センチはあるだろうか、その割に細身で体重は七五キロほどだという。いわゆる探偵などといういかがわしい職業を生業としている。
一口に探偵業とは言うものの、いわゆる何でも屋的な稼業であり、殺人事件から迷い猫探しまで、口に糊するためには何でもこなした。そのおかげで警察から夜の世界、はたまたホームレスまで幅広い知人関係があった。特に警視庁の御代田警部とは周知の仲であり、いくつかの刑事事件にも関与した。
緑川が最初にこのバーに現れたのは、かれこれ五年ほど前のことである。ある顛末に踏み込んだのが馴れ初めとなり、現在に至るのだが、その顛末はまた後日。
その顛末以後、マスターとの関わりもあり、頻繁にこの店に出入りするようになっている。
筒井からはからずも指名された緑川だったが、さほど驚いた様子もなく、
「あんたなら、いずれはオレに振ってくるんじゃないかと思ってたさ」
などと、悪びれもせずに答えた。そして筒井に挑むような目線を送り、
「アンタ、オレに何をさせたい?悪いがオレはロハでは動かんぜ。アンタと違って黙って食っていける身分じゃないからな」
と、言った。彼の身分としては当たり前の要求でもある。
「いいだろう。かかった費用はウチでみよう。但し、日当割りで期限は十日だ。どうだ、やるかい?」
「三日で仕上げても十日分もらえるならやってもいいぜ」
「よし、任せた。プロの仕事を頼むよ」
「なら、契約成立だな。前払いで二万円の十日分、明日には振り込んでよ。今回は特別サービス料金だが、それ以上の成果を持ってきてやるよ」
そう言うと、席を立ってツカツカと女の方へ歩み寄り、
「と、言うことで雇われることになりました緑川です、どうぞよろしく。ついては細かい話を聞かせてもらってもよろしいかな?」
緑川はすでに仕事モードに入っていた。スッとした仕草で名刺を渡すと、当たり前であるかのように女の隣に座り、いきなり肩を抱いた。
「おねいさん、こう言うときは洗いざらいを話してもらわなきゃ困るぜ」
そこは流石に慣れたもので、吉井や矢口のことはもちろん、楽団の取締役やKプロダクションのことや取引銀行のことまで、事細かく聞き取った。
美月の方では吉井や矢口の居場所がわからないでいたが、
「そんなことは調べればすぐにわかる」
と、こともなげに緑川が答えた。
「じゃあ、早速取り掛かりますか。マスター、今日の飲み代は弁護士先生の奢りらしいからヨロシク」
と言うが早いか、颯爽と店を出て行った。
その姿を不安げに見送る美月だったが、筒井が美月の手を握り、
「大丈夫。アイツはああ見えて頼りになる奴ですから。それよりも今後の身の振り方を考えましょう。マンションにしても仕事にしても取り戻すには時間がかかる。まずは落ち着き先を決めなきゃ。ねっ、マスター」
と、言って女の不安を嗜めた。
マスターも話の流れから、次に振られるのは自分だと自覚していたようで、すでに答えが用意されていた。
「しばらくはウチの店を手伝ってくれればいい。手が足りないことは確かだし、綺麗な女性がいれば、それだけで華になる。それにこの上の部屋が空いてるから、そこに住めばいい。私は通いだから心配いらないし、遠慮もいらないよ」
筒井やマスターの言葉に美月は泣き崩れた。
「今日から働かせてください」
こうして美月はバー『ウインク』の看板娘として、カウンターに立つことになったのだった。
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