夏夜

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 ***  花火大会の当日は、昼間からうだるような暑さで、もはや打ち上がる前に起爆するのではないかと思うほどだった。中止の知らせもなく、どこかの山とか河川敷で爆発事故が起きたというニュースもないところをみると、私の心配は杞憂に終わったらしい。いいだけ世界というフロアを盛り上げた太陽はいつも通り、地平線という舞台袖に引っ込んでいった。  とはいえ、今も気温はあまり下がっている感じがしない。今夜も寝苦しくなりそうだ。いま足を浸している、水を張ったビニールプールがなければ、外にいるのなんてとても耐えられそうになかった。 「あついね、カホ」  無邪気な声が私の鼓膜を震わせる。自然と頬が緩んでくるのを感じた。まだ自分にもこんな穏やかな気持ちが残っていたのか……と、まだ大輪の花を目にしたわけでもないのに、密かに感動した。  声の主に、私はやわらかな声でこたえた。 「ヒロム。それ、言えば言うほど暑くなるんだよ」 「そうなのかあ。すごい、カホはものしりだね」  ヒロムは、ぼそぼそ「さむい、さむい」と繰り返している。寒い、と言えば涼しくなると思っているのだろうか。純粋さが人の形をしているようだ。  小学校低学年のヒロムは私の従弟(いとこ)で、もちろん私もこれくらい可愛げがあった時期を通り過ぎてきたはずだが、なんだかヒロムのその行動はとても微笑ましいというか、きっと私が幼い頃より何倍も可愛らしいに違いない。  私たちの足元でぼんやりと水の中に揺らぐのは、子供の頃に好きだったアニメのキャラクターのイラスト。それのほっぺのあたりを足の指先でつつきながら、ヒロムに訊いた。 「ヒロム」 「どうしたの、カホ」 「アンパンマンって、愛と勇気以外にも友達いるよね」 「たくさんいるよ。カレーパンマンとしょくぱんまんと」  ヒロムは思いつく限りの名前を楽しそうに挙げてゆく。こういうのでよかったのに、いつの間にか私達はこんなふうに屈託なく笑える心を忘れていくし、友達として名前を挙げられる存在すら失ってゆくのはどうしてなのか。みんな普通に生きているだけのはずなのに。  田舎の夜空を見上げた。明かりが少ないぶん、星がよく見えた。ポケットからスマートフォンを取り出す。  あと数分で、花火のあがる時間がやってくる。
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