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それから数分過ぎても、花火はなかなかあがる気配がなかった。今こそちょうど来てほしいタイミングなのに、空は未だに月と星々たちが幅をきかせている。ヒロムは今も膝に手をおいて、夜空をにらんでいた。
元彼との沈黙でも、こんなにむずがゆくならなかったかもしれない。それに耐えられなくなった私は、努めて何気ない調子で訊ねた。
「ヒロムさ」
ヒロムは名前を呼ばれて「なに、カホ」と私のほうへ顔を向けた。にこにこと楽しそうに、それでいて、どこか嬉しそうに。おかしいな。足元は涼しいのに、なんだか顔面が急速に熱くなってきた。
「なんでお父さんお母さんとじゃなくて、私と花火を観たかったの」
「だって、ぼくはカホのこと、だいすきだもん」
いや、違うんですよ、ヒロムくん。大人の世界では、そこはもう少し勿体ぶって一瞬考えるふりとかするもんなんですよ。言うことはとっくに決まっててもそうするの。それが美徳みたいなとこあるんだよ。個人的にはそんなの、ばっかじゃないの、って思うんだけど。
私はやっぱりそういうの好きじゃないんだなあ、って思った。好きなら好きって言いたいし、相手からもはっきり言われたいんだ。そのほうが嬉しくて満たされるんだ。裏も表もなく、ありのままの気持ちが直接自分の中に入ってきて、花火みたいにぱぁっと広がるのが気持ちいいんだ。
まさかそれを、小学生のいとこに分からされるとはなあ。
そのことがおかしくて、私が「あはは」と今日一番の笑い声をあげると、ヒロムはそれを眺めながら、きょとんとしていた。
「ありがとね、ヒロム。もしもあと十年経っても大好きだったら、もう一度言ってほしいな」
「うん、わかった」
ヒロムはそう言って何度も頷いたけれど、きっとひとつも分かっていない。少しずつ大人になっていく過程で他の誰かを好きになって、いざ気持ちを伝えようとしてどぎまぎしたり、相手の言葉の裏を読もうとして結局なんにも分かんない、普通の男子になってゆくのだろう。
別にそれでいい。なんの混じり気もない彼の「だいすき」は、僭越ながら私がいただいたのでもう満足した。もう花火なんてあがんなくてもいいや……とさえ思う。もしも本当に花火大会がこのまま中止になったら、私も幼い頃に戻って、このままビニールプールでヒロムと水遊びでもしようじゃないか。きっと喜んでくれると思うし。
そう思った刹那。
「あっ、カホ! はじまる」
ヒロムが指差す先で、光が夜空へユラユラとのぼっていった。私もヒロムの真似をして、もう一度きちんと座りなおす。
ちゃぷんとビニールプールの中の水がはねたのと同時に、遠くの空で花が開きはじめた。
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