2. たった一つの方法

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2. たった一つの方法

 新たに見つけた勉強場所が気に入ったのと、予備校の夏期講習が一段落したタイミングがぶつかり、僕は専ら例の自習コーナーで勉強するようになった。  夏の日差しが気休めでも弱い午前中のうちに移動しようと、家の裏手にある自転車置き場へと向かう。  海風で錆び付いたスタンドから、自転車を持ち上げて外す。何度も繰り返した動作だが、それも間もなく終わりだ。半年後には、この古いアパートから、僕も居なくなる。  遠い大学に行きたかったのには、他にも切実な理由があった。  母の再婚が決まって、先方との同居問題が浮上していたのだ。  母は、仕事をしながら新居とアパートを行ったり来たりする毎日を送っていて、最近ではアパートを留守にする事も多くなっていた。  新しい家族は義父とその連れ子たち三人姉弟で、上の姉は看護学生、真ん中の妹は高一で、そういえばシュウと同じ高校だった。そして、歳の離れた弟が小学二年生。みんな僕を邪魔者扱いしたくないようで、同居をむちゃくちゃ勧めてきている。本当にむちゃくちゃ勧めてくる。特に末っ子のトキには、ちょっとゲームを一緒にやっただけで、めちゃくちゃ懐かれてしまっていた。  今のところは、部屋を用意してもらっても、受験の結果によってはすぐ出ていく事になるし、と押し通しているが、ここから通える大学も受けなよとか、地元なら就職先の口利きも出来るしとか口々に言い出す始末だ。実際、新しい父は県内では知られた会社を経営していたので、眉唾ではなく、ものすごく具体的な話なのだった。  でも、そんな話にも関わらず鼻にかける素振りはなく、寧ろ笑い話のようにしている新しい家族を見て、母は幸せになるのだろうな、とぼんやり感じる。  かつてはこの、二部屋とダイニングキッチンだけの間取りに、母と祖母との三人暮しだった。祖母は僕に手がかからなくなったことと、成長して部屋が手狭になった事を理由に、僕が中学に入学する時に叔父の家へ引っ越した。祖母も健在で、母に至っては毎日ではないにせよ、それなりに顔を合わせてはいるのだけれど。 半島に沿って伸びたカーブを自転車の惰性で曲がりながら、ああ、我が家はもうすぐ解散するんだ、と思う。    到着した複合施設の自転車置き場は、草ぼうぼうのアパートのとは違って、白い玉砂利が細い線のように敷かれていた。  いずれにしても、取り巻いているめんどくさい状況を解決する唯一の方法は、僕が遠くの遠くの、それなりに難関な大学に合格する事に違いなかった。  そうすれば多分、大方の人には、あの大学に受かったなら東京行くよね、と余計な詮索なく、ごく自然に納得してもらえる。女の子たちも、その彼氏も、噂話をした子たちも、母も新しい家族も誰も、心を痛める事はない。今の僕にできる最善策なのだ。    実現するにはとにかく勉強するしかないし、受験勉強している間は誰も介入してこない。僕は無心に勉強し続けた。幸いな事に成果はあるようで、模試の成績も上がってきていた。  いつの間にか、夕方帰ると必ず居たシュウも来なくなっていた。それどころじゃない夏は続いていって、勉強漬けの夏休みがもうすぐ終わろうとしていた。      
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