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3. 高校最後の夏
何日か自習コーナーへと通ううちに、見覚えのある顔が増えていった。向こうの視線もうっすらと感じるので、こいつまた来てるな、という位には認識されているのだろうと思う。でも、受験生同士の暗黙のルールというやつなのか、お互いに挨拶をすることもない。
山下ともその後何回か会ったが、明らかに軽口が減った。大きな模試が終わって、段々空気が重くなってきているのを感じる。
花火にもあれきり会えなかった。彼女の進路は聞いていない。
ふぅ、と大きく息を吐いて、ちょっと飲み物でも飲もうとロビーに出た。そういえば朝から何も口にしていない。
「のぞみん」
明るい声で呼ばれてはっと顔を上げると、黒いギターケースを背負った、見慣れた奴がこちらに笑いかけていた。
「おお、ユーキじゃん」
「のぞみんは朝から何してんの、こんなとこで」
「お勉強。お前は?」
図書室にギターというのは、妙な取り合わせだ。もっとも、軽音部である彼は、四六時中ギターケースを背中に背負っていたのだが。
「バンド練終わったとこ。やっとここのスタジオとれたからさ」
「え、何ここ、スタジオもあんの?うちの市、すげえな」
「そそ。学生タダだからありがたいんだけど、文化祭のオーディションあるから今争奪戦なんよ」
以前ユーキに聞いた話によると、軽音部ではライブごとに仁義なきオーディションが開催されるという。部員みんなの前でバンドが順繰りに演奏して、先輩後輩関係なく、良いと思ったバンドに投票する。票を多く集めたバンドが長い演奏枠を取れる、というなかなかシビアなシステムだ。
ゴトッ、と音を立てて落ちた飲料を屈んで自販機の取り出し口から取ると、ユーキがじっ、とこちらを見てくる。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「そう?朝からなんも飲み食いしてないからじゃないかな。これ飲めばへーきへーき」
「ならいいけど、勉強のし過ぎじゃね?あんまり根詰めんなよ」
次の練習あるから俺行くけど、とユーキは片手を振った。
「お前こそ無理すんなよ」
「まあ、文化祭で最後だからね。ここは頑張らないと」
頑張れ、とギターケースの生えたユーキの後ろ姿を見送りながら、僕はまた深い息を吐く。
最後だから、頑張らないと。
ユーキは頑張っている。バンドは二年のときに、高校生の参加するコンテストで結構良いところまでいったらしい。
飲みかけの炭酸飲料が、やけに辛く感じる。
小学生の頃だろうか。テレビの中で夏の甲子園が終盤に差し掛かるのを見て、夏休みの終わりを実感したものだ。
テレビを見なくなった今はネットニュースで流れてくるだけだが、この前ふと、最後の甲子園にいる三年生は、自分と同じ歳なんだよなあと気づいた。当たり前の事なのに、まるで実感がわかなかった。
高校最後の夏が、遠いテレビの中どころか、身近な奴とも、こんなにも違うとはね。
さすがに、疲れてきたな。
そう感じながら、僕はリサイクルボックスにペットボトルを投げ捨てた。
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