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4. シュウさんの友だちの人
とりあえず今日はもう勉強を切り上げようと、置きっぱなしの荷物を取りに自習コーナーへ戻る。オーバーヒートを自覚して、たまには気分転換も必要とはよく言ったものだと心から思う。
軽く伸びをしてから問題集を机でトントンと揃え、何気なく中庭に目をやるとベンチに人の体が伸びていた。
上半身は座っているが、細い手足はだらんとして死んでいるように動かない。
あんなところにいて、暑くないのかな。
最初はそんなふうに、呑気に思っただけだったが、荷物を片付け終わっても姿勢は変わらない。眠っているだけなのかも知れないが、見ようによってはぐったりしているようでもある。木陰とはいえ、この暑さだ。ちょっと心配になって顔を見ようとしても、こちら側からは位置的に無理だった。
トートバッグを抱えて、中庭に出る。
「あの、大丈夫ですか」
恐る恐る声をかけてから、見知った顔であるのに気付く。でも、よく自習コーナーに来ているメンツではない。誰だったっけコイツ。
「あー、えっと、……」
相手が困惑している様子なのを見て、とりあえず命に別状があるとか、具合が悪いのではないのだとわかったが、これではこちらが不審者みたいだ。
「熱中症で倒れてたりしたら怖いと思って。大丈夫ならいいです」
言い訳がましく言って、ではこれで、と立ち去ろうとすると、
「エンドウくんだよね」
突然名前を呼ばれて、驚いて思い出した。山下と花火がここで話してた、確かなんかスゴい奴だ。名前は、……なんだったっけ。
記憶を必死に手繰り寄せていると、黒髪の男子生徒は目を瞬かせて言った。
「エンドウくんは、親切な人なんだね」
「いや、何かあったら後味が悪いと思って」
正直に思ったとおりを言うと、意外な名前が彼の口から出てきた。
「シュウちゃんが言った通りだ」
「……シュウさんの知り合い?なの?」
「ああ、うん。ちなみにキミを殴った、ハマヤくんとも知り合い」
顔色はあまり良くないが、流暢に喋って、熱中症には見えない。僕はほっとしつつも、初対面なのにいきなりセンシティブな話題に切り込んでくるな、と内心たじろぐ。
「あいつ、ハマヤっていうんだ。同中とか、そういう知り合い?ていうか、そんなに知れ渡ってるの?その件」
「いや、シュウちゃんは僕の、恩人ていうか。割と親しいから。他の人には話してないと思うし、僕もそんな話が出来る友だちいないから安心して」
そこまで話して、彼はベンチに置いてあった缶飲料を持ち上げて、僕が座るための場所を作ったようだった。
「こんな暑いところに突っ立ってたら倒れちゃうよ」
今度はこちらが心配される番か、と苦笑いして、促されるままベンチに腰掛ける。
「えっと……、君は暑くないの?」
「ああ、僕は平気。どっちかっていうと冷房がダメなんだ。でもこう暑くちゃさすがに冷房なしでいられないからね。時々こうやってしばらく外に出て、体を伸ばしてる」
それでぐったりしているように見えたのか。
「どこか、風通しの良い場所でもあるといいんだけど、なかなかね。長居出来るようなとこはどこもガンガンにエアコンが効いてるから」
「シュウさんも同じような事言って、ウチに入り浸って勉強してたよ」
言ってからしまった、と思ったがそこは受け流され、彼が興味を持ったのは別の部分のようだった。
「エンドウくんの家、風通しがいいんだ」
「ああ、まあね。海風が通るから」
「海風」
「うん、裏手がすぐ、海だから」
そこまで話して、僕は激しい既視感に襲われる。
これは、女の子を海に誘うパターンだ。あまりにも流れがそっくりだった。
「シュウさんの友だちの人は……」
まだ名前を思い出せない僕に、彼は言った。
「スイでいいよ。シュウちゃんにはスイくんて呼ばれてるけど、それじゃポケモンだし」
それを聞いて僕は卑屈にも、成績優秀なくせにポケモンも知ってるなんて、完璧超人か、と思った。
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