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02
狭い廊下に入り、移動しながら道化師のような人物は自分のことをフュールと名乗った。
なんでもこの神の監獄の案内人をしているようで、建物内に入った者を導く役目を与えられていると口にした。
話を聞いたジークリンデには、様々な疑問が頭の中をよぎったが、あえて訊ねようとはしなかった。
今は余計なことを訊く必要はない。
ジークムントのことさえ聞ければよいと、彼女は変に質問して、兄の居場所をはぐらかされるのことを危惧していた。
こいつの正体など後回しだ。
何よりも先に、兄ジークムントのことを知るためにも、この道化師を歩かせることが優先。
こんな場所にいて、見るからに油断ならない奴だ。
用事だけ済ませて即刻ここから去るのが賢明だろうと。
「まだなのか?」
「そんなに焦らないでください。もうすぐですよ。あと次の部屋の先ですから」
急かすジークリンデに、先を歩いていたフュールはニッコリと微笑みを返した。
それから狭い廊下が終わると、貯蔵庫のようなところへ出た。
そこもまた灯りが付いており、見たこともない武具や品物などが置かれている。
「興味があるようでしたら、ひとつ使ってみますか?」
フュールは訊ねてもいないのに、ジークリンデに声をかけてきた。
彼女はきっとここへ来た誰にでも言っているのだろうと思いながら、首を左右に振って拒否する。
それでもフュールは、勝手に話を始めていた。
「たとえばそこの剣なんてどうです? これは単純にいえば、凄まじい力が手に入る剣です。一振りすれば嵐を起こし、山すら砕く魔法の剣ですよ」
「ふん。そのようなものに興味はない」
あまりにもしつこく声をかけてきたので、返事をするつもりがなかったジークリンデは答えてしまっていた。
強さは自分の日々の鍛錬で手に入れるものであって、一朝一夕で手に入れるものではないと。
ここにあるものなど、どうでもいいと言ったジークリンデ。
だが、彼女が返事をしたことで、フュールは会話を弾ませてくる。
「では、こちらの布袋はどうですかね? この布袋は、手を入れれば無限に金貨、銀貨、銅貨が出てくる品物ですよ」
「いらん」
「なるほどなるほど。強さにも金銭にも興味はないと。そうなるとこちらかな? これはつければ、どんな男性も女性も虜にするという香水です。ジークリンデ様は女性ですし、こういう品物のほうがそそられるかと」
「いらんと言っているだろう!」
声を張り上げたジークリンデに、フュールは申し訳なさそうに笑みを浮かべ、その頭を下げた。
容姿が麗しいあなたには、このようなものはいらなかったですねと世辞を言い、その後は一切この部屋にある品物をすすめてこなくなった。
ジークリンデは、黙って先を歩き出した案内人の背中を見て思う。
このような場所にある怪しい品物など、手にするはずがないだろうと。
仮にフュールの言うことが本当だったとしても、とても触る気にはならない
その理由は――。
ジークリンデにはどうしてだが、ここにある多くの品物が、すべて呪われているように感じていたからだった。
握れば誰よりも強くなる剣。
手を入れればいくらでも硬貨が出てくる布袋。
身に振りかければ、どんな人間でも魅了する香水。
王族、貴族、平民問わず、誰でも欲しがるものだろうが、使えば何かに代償を払わされる。
まるで悍ましいものでも見るかのような視線を向け、ジークリンデはそれら品物を嫌悪し、貯蔵庫のような場所を出た。
再び狭い廊下へと入り、奥へと進んでいく。
歩きながら、ジークリンデは違和感を覚える。
外から見た建物は、そこまで大きなものではなかった。
目測でしかないが、とっくに突き当たってもおかしくないのだが、まだ奥に部屋があるのか。
神の監獄など仰々しい名前が付けられているだけあって、この建物は何か魔術的な空間になっているのかもしれない。
「目的の部屋に到着しました。どうぞ、そこにある椅子におかけください」
再び開けた空間に出ると、フュールが椅子に腰かけるように言ってきた。
部屋は住居のようになっていて、出入り口付近には食事や談話できるような椅子や炊事場があり、奥には大きなベットになんと花畑と小さな水源――泉が見える。
こんな建物の中でどうやって花や泉を?
やはり魔術的な力なのか?
だが、それ以上にジークリンデを驚かせたのは、そこにいた者たち――まだ言葉すら話せなそうな少年と子ヤギ、そして角の生えた少女の姿だった。
「こ、この者たちは……?」
驚愕するジークリンデに、フュールはまず落ち着くように声をかけた。
それから側にあった椅子を引き、彼女に座るように促す。
「この子たちのことも、ジークムント王のことを聞けばわかりますよ。さあ、これからお茶を入れるので、ごゆっくりとお過ごしください」
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