03

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ジークリンデは言われるがまま椅子に腰をかけ、部屋の中を見回した。 家具に炊事場、花畑に泉――。 今にも朽ち果てそうな古めかしい建物の中に、まさかこんな住居があるとは。 しかもそこに人間の少年と子ヤギ、さらにおそらく角の生えた少女――魔族だろうと思われる子どもがいて、この建物の不可解さが増す一方だ。 神の監獄という名をそのまま受け取れば、この子らが神ということになるが――。 「お待たせしました、ジークリンデ様。こちらは紅茶でございます。軽食や焼き菓子も出しましたので、よかったらお召し上がりください」 フュールが紅茶をテーブルに乗せ、それから台車で運んできた三段重ねのティー·スタンドも続けて置いた。 その豪華なティースタンドには、下段にサンドイッチ、中段にケーキ、上段にクロッシュで保温されたスコーンなどが載せられる。 まさに伝統的なアフタヌーン·ティーのテーブル·セッティング。 さらに紅茶も香りからして、高級なものを使用していそうだった。 「さあ、今日のお茶会を始めますよ。あなたたちも一緒に楽しみましょう」 フュールが声をかけると、ジークリンデのことを気にせずに遊んでいた子どもたちが、テーブルに駆け寄ってくる。 その子らに、特に変わった様子はない。 テーブルにつくと、年相応の無邪気な飲み方、食べ方で紅茶や食べ物を口へと運んでいた。 フュールは、そんな子どもたちを見て戸惑っているジークリンデに、笑みを浮かべて声をかけてくる。 「ジークリンデ様もどうぞ。食べながらお話しますので」 こんな場所で――。 こんなよくわからない面子で――。 こんな道化師のような人物から紅茶をすすめられても、違和感しか覚えない。 しかし、とても(しょく)する気にはなれないが、一応、礼儀として食べるふりはしておくかと、ジークリンデはカップに口をつけた。 「……フュールとやら、そろそろ話してもらおうか」 「そうですね。では、まずジークムント王とワタシが、出会ったときのことからお話いたしましょう」 最初にフュールが話し始めたのは、ジークリンデの兄ジークムント·ヴィルトブルクと、いつどこで出会ったかだった。 それは、今から約十年前――。 まだジークリンデとジークムントの両親がヴィルトブルク王国で王、王妃だった頃まで(さかのぼ)る。 「まだ幼さが残る若き日のジークムント王とワタシは、ヴィルトブルク王国の城内で出会いました。ワタシがあなた様方の父であるヴィルトブルク王との用を済ませた後、その帰りにです」 フュールは、ヴィルトブルク王とヴィルトブルク王妃とは古くから面識があり、これまでも何度も城に出向いていたようだ。 ジークリンデは、まさかこの道化師のような格好をした人物が、自国の城に出入りしていたことに驚きを隠せなかった。 いや、何よりもこのような素性もわからぬ(やから)が、兄だけではなく両親と通じていたことに、今にも気が動転してしまいそうだった。 昔から怪しい人物をけして近寄らせなかった両親が、まさかこのような見るからに不審なフュールと繋がっていたなんて――。 ジークリンデはすでに(やまい)で亡くなっている両親に向かって、胸の中で訊ねてしまっていた。 父上、母上――。 一体なぜこのような者を、我らが城に呼んでいたのですか、と。 そんなジークリンデの様子に気がつきつつも、フュールはカップを片手に話を続けた。 ジークムントは、他の城内にいた者たちと違い、道化師のような格好のフュールに対して好意的だった。 まともな人間ならば、たとえ王が呼び出した者だとしても、ふざけた姿の人物と積極的に関わろうとはしないのだが、彼は自分から挨拶をし、フュールと交友を深めた。 時間があるときは自室へとフュールを招き、他愛のない会話をする――そのような関係だったそうだ。 「ジークムント王はとても素晴らしい方でした。こんなワタシにすらお優しい言葉をおかけになり、なんと友人とまで言ってくださって」 見た目で人を判断せず、誰にでも優しく、そして精神も身体もとても強い。 欲のない清廉潔白な人物でありながら、剣を握れば一騎当千。 さらに思慮深く、大局に物事を見ることができ、相手のことを考えて自分の意見も伝えることができる。 フュールは、将来ヴィルトブルク王の跡を継いだ後、ジークムントが王となったとき、これまでにいない歴史に残る名君(めいくん)になるだろうと思ったと、過去を振り返った。 話を聞いていたジークリンデは、まるで自分のことのように誇らしい気分になっていた。 それは、ここへやってきてからの戸惑いや不可解さが消えるほどだった。 その理由は、兄妹ならば当然と思われるかもしれない。 だがジークリンデは、特に兄ジークムントに可愛がられていた。 それこそ愛し合う恋人か、または父や母以上に。 しかしフュールは、穏やかな笑みを浮かべたジークリンデを一瞥すると、表情を曇らせて口を開く。 「そんなジークムント王でしたが、やはりあの方も人の子……。内心に秘めた願望がありました……」
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