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2.新しい職場
それから数日後。
先日の辰巳先生との打ち合わせに基づいて、うちの会社から辰巳先生に、いくつかの材料サンプルを送付することになっていた。
その件でメールのやりとりをしていると、辰巳先生から電話がかかってきた。
『卯月さん、先日はありがとうございました』
未桜はあの夜の不思議な光景が頭から離れなくて、不自然に緊張していた。それに対する辰巳先生の声は、何も覚えていないのか、平静だ。
「いえ……あの、お体は大丈夫ですか?」
『え? はい、大丈夫ですよ……僕、そんなに酔ってましたか?』
「そうですね。だいぶ……」
『それは、お恥ずかしいところをお見せしました……変なところはありませんでした?』
「い、いえ……」
本当はあったけれど、未桜は正直に言うのもためらって、ごまかした。
『もしかして、僕、卯月さんに何かしましたか?』
「いえ、そういうわけではないです」
『そうですか……』
怪しむような響きが、辰巳先生の声に混じったが、それ以上追及はしてこなかった。
その後は事務的なやりとりをして、電話を切ろうとしたところで。
辰巳先生が思い出したように付け足した。
『ところで……実は、うちの研究室で秘書を募集しているんですよ。卯月さん、よかったら応募しませんか?』
「……え?」
とっさに理解できなくて、まぬけな声が出た。
『転職したくても、次の仕事が心配だと言っていたので。福岡にもご縁があるようですし、もしかしたら……と思いまして』
「え、でも……」
『後でメール送りますね。よかったら検討してみてください』
その後本当に、募集内容を添付したメールが送られてきた。未桜はあわてて、そのメールを個人メールに転送した。
もし畑野部長に見られでもしたら、大変なことになる。
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