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薄暗いバーのカウンターに並んで座り、一杯ずつドリンクを注文する。
「ラム酒にこだわりのある店なんだね」
注文した後も、辰巳先生は楽しそうに、カウンター内の棚に並んだ酒瓶を眺めている。
一方の未桜はドキドキしっぱなしで、背の高い椅子も座り心地が悪く落ち着かない。
それに対する辰巳先生は、平静そのもの。
やがて、先生の頼んだラムのロックと、未桜のピニャコラーダが、静かにふたりの前に置かれた。おつまみに、ナッツの小皿も添えられる。
「乾杯」
軽くグラスを打ちあわせる。
先生がラムを口に含んで「悪くないね」と満足げにつぶやいた。
未桜も慌ててカクテルを口に運ぶ。パイナップルとココナッツミルクの甘い匂いがふわっと口に広がり、あまりお酒に強くない未桜でも飲みやすかった。
「卯月さんは、出身も大阪なんですか?」
辰巳先生が、あたりさわりなく、出身地について聞いてくる。
「生まれは福岡なんです」
「へえ」
辰巳先生の大学が福岡にあるからだろう。先生は興味を持ったように、こちらに体を向けた。
「じゃあ、ご両親は福岡なの?」
「いえ、大阪です。母方の実家が福岡で、私が小さいころは福岡に住んでいたんですけど。父の転勤で、私が中学の時に、大阪に引っ越したんです」
「なるほど。逆に、僕は生まれが大阪だよ」
「えっ、そうなんですね」
聞いてみれば、辰巳先生は市内ではないものの、大阪の北の方にある町の生まれということだった。
お互いの生まれ故郷に今住んでいるという符号が、なんだか不思議な気がした。
「福岡はいいところですよね。街が開放的で、ご飯がおいしいし、海も山も近いし」
辰巳先生がそう言ったのに、未桜も大きくうなずいた同意した。
「ほんと、そうですよね! 私も、いつか福岡に戻りたいなって、思うことがあります」
それはお世辞ではなく本心だった。
大阪に引っ越した後も、お盆やお正月休みには、よく福岡の祖母の家に行っているし、未桜にとって大好きな街だった。
転職を考えて、福岡の求人を見たことがあるくらい。
いつかご縁があればと、密かに思っていた。
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