6.彼からの提案

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 日帰り旅行を提案すると、裕也からはすぐに返事がきた。 『そうだな、俺の配慮が足りなかったな。もちろん、日帰りでも構わないよ』  その言葉を見て、申し訳なさが出てきたけれど、「ごめんね」と返しそうになって、それは止めた。  やっぱり自分は、人に嫌われるのが怖くて、顔色を伺って、すぐに謝ってたんだなと、少しずつ自覚が出てきた。  言いたいことは言わんと、という遥の言葉を思い出す。 「そうよね。言いたいことは言おう」  まだまだ練習は必要そうだけれど。  しばらくメッセージのやり取をして、裕也とのお出かけは、糸島をドライブするということで決まった。  七月だったら海も山もきれいだろうな、と想像して、やっと少し楽しみになってきた。 ***  七月に入ると、一気に夏らしい陽射しの日が増えてきた。  雨が降った次の日など、蒸し蒸しとした湿気もあいまって、ちょっと歩くだけで汗ばんでくる。 「でも、大阪に比べたら、マシよね」  海が近くて、風が通るからだろうか。  大阪のような空気のこもる暑さはなくて、まだ過ごしやすい気がした。  秘書室で辰巳先生と雑談しているときに、未桜がその話をすると、関西出身の辰巳先生も大きくうなずいて同意した。 「大阪は、熱がこもりやすい地形ですからね。京都や奈良は、盆地なのでもっと酷い」 「私、福岡の方が南で暑いイメージだったので、意外でした」  子どもの頃は福岡で過ごしたとはいえ、大阪暮らしが長かったので、改めて住んでいると、初めて気づくことも多かった。 「福岡は、日本海側ですから。鹿児島辺りはまた違うかと」 「なるほど!」  最近、辰巳先生とふたりになっても、こうして普通に会話をするのだが――辰巳先生からの「提案」はずっと保留になっていた。  未桜はまだ返事をしていなかったし、辰巳先生も何も聞かなかった。  初めの頃こそ、意識して緊張したが、だんだんと、あれは夢だったのではないかと思えてきた。 「ううん。そんなのダメよね」  きちんと決めて、お返事をしないと。  だけど、未桜はまだ自分がどうしたいのか、わかっていなかった。  それでも、真剣に仕事をしている横顔にドキドキしたり、たまに交わす軽い雑談が心地よかったりして、やっぱり先生のことが好きなのかも、と思うのだった。  
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