1.出会いと秘密

7/9

433人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ
 会話はほどよく盛り上がって、辰巳先生は楽しそうに、お酒をちびちびと飲んでいた。  その様子を見ながら、未桜はだんだんと、畑野部長の指令が気になりはじめていた。  会話が途切れたところを見計らって、話を切り出さなければ、と思いながらも、なかなか言い出せなかった。それで、無意味にカクテルのグラスを触ったり、棚に並ぶ酒瓶を眺めたり。  そんな未桜の様子に気づいていたのかどうか。  辰巳先生がお酒のグラスを持ち上げながら、未桜のほうを意味ありげな目で見た。 「卯月さんも、大変ですね」  その言葉に、未桜はどきりとする。 「え、なんのことですか?」 「畑野さんに、何か聞いてくるよう、言われたんじゃないですか?」  図星すぎて、目が泳ぐ。 「え、えっと……」 「前からそうなんですよ。僕なんて、ただの大学教員なんで、大したことは知らないというのに」 「そ、そんなことは……」  畑野部長、バレバレじゃないの……。  なんと返事すればよいかわからなくて、未桜はもごもご言葉を濁した。 「そうだな……おそらく、L社のことでしょう?」  ズバリ言い当てられて、未桜はたじたじだった。  辰巳先生は鋭すぎる。やっぱり、頭がいい人はなんでもお見通しなのね……。  未桜は言い訳もできなくて、白状してしまった。 「すみません。おっしゃる通りなんです」 「申し訳ないけど、共同研究先のことを、ほいほい話すことはできないよ」 「そうですよね……」  当たり前すぎて、何も言えない。  だけど、何も聞き出せなかったと知ったら、畑野部長が何と言うか。  想像するだけで胃の辺りがちくちくしてきた。 「でも、何も聞けなかったら、部長に責められるかも……」  お酒が入っていたせいか、未桜はぽろりと弱音を吐いた。 「指示通りにできないと、使えない奴って、言われるんです」  未桜の言葉に、辰野先生は眉をひそめた。 「失礼ながら……それって、パワハラでは?」  そう指摘されて、未桜は反論できなかった。  自分でも、そう感じていたから……。 「そういう環境からは、早めに離れたほうがいいよ。転職は考えないんですか?」 「考えることは、あります。でも、次の仕事が見つかるかも、わからないので……」  たいした資格も専門もない自分に、もっとよい仕事が見つかる自信はなかった。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

433人が本棚に入れています
本棚に追加