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会話はほどよく盛り上がって、辰巳先生は楽しそうに、お酒をちびちびと飲んでいた。
その様子を見ながら、未桜はだんだんと、畑野部長の指令が気になりはじめていた。
会話が途切れたところを見計らって、話を切り出さなければ、と思いながらも、なかなか言い出せなかった。それで、無意味にカクテルのグラスを触ったり、棚に並ぶ酒瓶を眺めたり。
そんな未桜の様子に気づいていたのかどうか。
辰巳先生がお酒のグラスを持ち上げながら、未桜のほうを意味ありげな目で見た。
「卯月さんも、大変ですね」
その言葉に、未桜はどきりとする。
「え、なんのことですか?」
「畑野さんに、何か聞いてくるよう、言われたんじゃないですか?」
図星すぎて、目が泳ぐ。
「え、えっと……」
「前からそうなんですよ。僕なんて、ただの大学教員なんで、大したことは知らないというのに」
「そ、そんなことは……」
畑野部長、バレバレじゃないの……。
なんと返事すればよいかわからなくて、未桜はもごもご言葉を濁した。
「そうだな……おそらく、L社のことでしょう?」
ズバリ言い当てられて、未桜はたじたじだった。
辰巳先生は鋭すぎる。やっぱり、頭がいい人はなんでもお見通しなのね……。
未桜は言い訳もできなくて、白状してしまった。
「すみません。おっしゃる通りなんです」
「申し訳ないけど、共同研究先のことを、ほいほい話すことはできないよ」
「そうですよね……」
当たり前すぎて、何も言えない。
だけど、何も聞き出せなかったと知ったら、畑野部長が何と言うか。
想像するだけで胃の辺りがちくちくしてきた。
「でも、何も聞けなかったら、部長に責められるかも……」
お酒が入っていたせいか、未桜はぽろりと弱音を吐いた。
「指示通りにできないと、使えない奴って、言われるんです」
未桜の言葉に、辰野先生は眉をひそめた。
「失礼ながら……それって、パワハラでは?」
そう指摘されて、未桜は反論できなかった。
自分でも、そう感じていたから……。
「そういう環境からは、早めに離れたほうがいいよ。転職は考えないんですか?」
「考えることは、あります。でも、次の仕事が見つかるかも、わからないので……」
たいした資格も専門もない自分に、もっとよい仕事が見つかる自信はなかった。
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