1.出会いと秘密

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 辰巳先生は、「うーん」とあごに指をあてて、何かを考えていたが、やがてぽんと手を打ち合わせた。 「とりあえず畑野さんには、一緒にバーに行ったけど、辰巳は酔っぱらって寝てしまって、何も聞き出せなかった、って報告したら?」 「えっと……」  そんな嘘を畑野部長が信じるだろうか?  だけど、一緒にバーに来たのは本当だし、何も聞き出せそうにないことも、本当だ……。  未桜が返答に困っていると、辰巳先生は何を思ったか、いきなりグラスを口に運び、一息に飲み干した。 「マスター、お代わり」 「た、辰巳先生……?」  次のグラスが運ばれてくると、それも早いペースで飲み進めていく。 「あの、そんなに飲んで、大丈夫ですか?」  未桜が声をかけると、辰巳先生がにっこりと笑った。  今までの真面目そうな教授の顔からは一転、その少年のようないたずらっぽい表情に、未桜はどきっとする。 「だって、あなたに嘘をつかせるわけにはいかないから」 「も、もしかして本当に、酔いつぶれるつもり!?」 「飲む量はちゃんとわかっているよ。ギリギリのラインを攻めるから大丈夫」  十分に実験済みだから、と未桜の制止など歯牙にもかけない。  そこから、辰巳先生はハイペースで飲み進めていき、本当に酔ってきたのか、言葉遣いがくだけて、饒舌になっていく。 「お酒ってのは、偉大だよねぇ。微生物の力で、化学反応がいとも簡単に進む。ラムの原料が何か知ってる?」 「いえ、知らないです」 「サトウキビだよ。最近では、砂糖やお酒ではなくて、エタノールを作るのが流行りだね」 「あっ、ニュースで聞いたことがあります! バイオエタノールでしたっけ?」  未桜がうっかり話に乗ると、辰巳先生は嬉しそうな顔をして、バイオエタノールの話に始まり、本当は二酸化炭素からメタンやメタノールが作れるといいんだけど、ということをキラキラとした目で語った。  さらにサトウキビから派生して、南米旅行の話になって、ペルーのアルパカ写真を見せてもらったり……。話はあちこちに飛んでいって、辰巳先生の話題の広さには驚かされるばかり。  辰巳先生の話を聞きながら、この人は、本当に研究者なんだな、と未桜はなんだか懐かしい気持ちになった。  好奇心が強くて、何にでも興味があって。凝り性で。  実は、未桜の亡くなった祖父も、大学の先生だったから……。  好奇心のままに突き進むので、家族は大変だったらしいけれど、祖父の語る突拍子もない話は、子供の未桜にとって、ワクワクすることばかりだった。  最初はビクビクしてバーに誘ったのに、気がつけば未桜は、辰巳先生との会話を楽しんでいる自分に気がついた。 「教授」と聞くと、すごく頭がよくて、お堅くて、偉そう……というイメージを持っていたけれど、辰巳先生は想像よりお茶目な雰囲気で、それによく見ると、けっこう男前だ。くっきりとした目元はまつげが長くて、濃いめの眉がきりっと力強い。  それに、酔っていても、未桜に対してはきちんと距離を保って、変な雰囲気にもっていったりする気配もないので、安心できた。
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