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辰巳先生は、「うーん」とあごに指をあてて、何かを考えていたが、やがてぽんと手を打ち合わせた。
「とりあえず畑野さんには、一緒にバーに行ったけど、辰巳は酔っぱらって寝てしまって、何も聞き出せなかった、って報告したら?」
「えっと……」
そんな嘘を畑野部長が信じるだろうか?
だけど、一緒にバーに来たのは本当だし、何も聞き出せそうにないことも、本当だ……。
未桜が返答に困っていると、辰巳先生は何を思ったか、いきなりグラスを口に運び、一息に飲み干した。
「マスター、お代わり」
「た、辰巳先生……?」
次のグラスが運ばれてくると、それも早いペースで飲み進めていく。
「あの、そんなに飲んで、大丈夫ですか?」
未桜が声をかけると、辰巳先生がにっこりと笑った。
今までの真面目そうな教授の顔からは一転、その少年のようないたずらっぽい表情に、未桜はどきっとする。
「だって、あなたに嘘をつかせるわけにはいかないから」
「も、もしかして本当に、酔いつぶれるつもり!?」
「飲む量はちゃんとわかっているよ。ギリギリのラインを攻めるから大丈夫」
十分に実験済みだから、と未桜の制止など歯牙にもかけない。
そこから、辰巳先生はハイペースで飲み進めていき、本当に酔ってきたのか、言葉遣いがくだけて、饒舌になっていく。
「お酒ってのは、偉大だよねぇ。微生物の力で、化学反応がいとも簡単に進む。ラムの原料が何か知ってる?」
「いえ、知らないです」
「サトウキビだよ。最近では、砂糖やお酒ではなくて、エタノールを作るのが流行りだね」
「あっ、ニュースで聞いたことがあります! バイオエタノールでしたっけ?」
未桜がうっかり話に乗ると、辰巳先生は嬉しそうな顔をして、バイオエタノールの話に始まり、本当は二酸化炭素からメタンやメタノールが作れるといいんだけど、ということをキラキラとした目で語った。
さらにサトウキビから派生して、南米旅行の話になって、ペルーのアルパカ写真を見せてもらったり……。話はあちこちに飛んでいって、辰巳先生の話題の広さには驚かされるばかり。
辰巳先生の話を聞きながら、この人は、本当に研究者なんだな、と未桜はなんだか懐かしい気持ちになった。
好奇心が強くて、何にでも興味があって。凝り性で。
実は、未桜の亡くなった祖父も、大学の先生だったから……。
好奇心のままに突き進むので、家族は大変だったらしいけれど、祖父の語る突拍子もない話は、子供の未桜にとって、ワクワクすることばかりだった。
最初はビクビクしてバーに誘ったのに、気がつけば未桜は、辰巳先生との会話を楽しんでいる自分に気がついた。
「教授」と聞くと、すごく頭がよくて、お堅くて、偉そう……というイメージを持っていたけれど、辰巳先生は想像よりお茶目な雰囲気で、それによく見ると、けっこう男前だ。くっきりとした目元はまつげが長くて、濃いめの眉がきりっと力強い。
それに、酔っていても、未桜に対してはきちんと距離を保って、変な雰囲気にもっていったりする気配もないので、安心できた。
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