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そして、1時間後。
「せ、先生……大丈夫ですか?」
「ん~」
辰巳先生は本当に酔いつぶれる寸前までいき、バーを出た頃には、足元もおぼつかなくなっていた。
未桜は先生をホテルまで送っていきながら、本気で心配になってしまった。
それもこれも、私のため……申し訳ない気持ちで一杯だった。
「辰巳先生、本当にすみません」
「ああ……気にしないでください」
ホテルの下に着くと、「カギどうしたっけ……何階だったかな」と心もとなくコートのポケットを探るも、見つからないらしい。
埒が明かないので、辰巳先生にコートを脱いでもらって、未桜が代わりにカギを見つけ出した。
「部屋まで帰れますか?」
「いや……危なそうかな……。悪いんだけど、送ってもらっていいかな?」
「ええ!?」
辰巳先生は、自分の発言をちゃんと分かっているのかどうかも怪しい。放っておくと、そのまま座り込んで寝てしまいそうな気がした。
仕方なく、未桜はカギの部屋番号を確認し、フラフラする辰巳先生を支えてエレベーターに乗り込み、目的のボタンを押す。
別の仕事もあって大阪には昨日来たとのことで、チェックインの必要はなかったのが、まだ幸いというか……。
部屋に着くと、未桜が代わりに部屋のカギを開けて、辰巳先生をベッドまで連れていき、リュックを受け取って横になってもらった。
「すみませんねぇ……」
辰巳先生はそうつぶやいて、あっという間に寝入ってしまった。
その寝顔は、偉い教授だとは思えない無防備なもので、ちょっとドキリとしてしまう。
未桜はあわてて目をそらすと、腕にかけていた先生のコートをハンガーにかけ、リュックを椅子の上に置いた。
それらの作業を終えて、未桜は辰巳先生を振り返って声をかけようとした。
「私、帰りま……」
途中で、言葉が立ち消える。
何度か目を瞬かせ、それでも目の前の光景が変わらないので、未桜は手の甲でまぶたをこすった。
「辰巳先生……?」
ビジネスホテルの狭いベッドには、ひとりの少年が眠っていた。
少年のまとう服は、間違いなく先ほどまで辰巳先生が着ていたもので、ただサイズが大きすぎるため、袖もズボンの裾も余って、くしゃりと垂れている。
体格からして、小学五、六年生くらいだろうか。でも、そのまつげの長い目元には、辰巳先生の面影がある。
「え……どういうこと??」
状況を理解できなくて、未桜はおたおたした。
そのとき、彼がすっと目を覚まして、上半身を起こした。寝ぼけているようで、とろんとした表情で目の焦点があっていない。
「のどかわいた……」
少年がつぶやいた。やはり子供らしさのある高い声。
「お、お水飲む?」
未桜がデスクの上にあったペットボトルの水の蓋を開けて渡すと、少年はぼんやりとした顔のまま、長い袖に隠れた手でペットボトルを受け取り、水をぐいっと飲んで、未桜の方に戻した。
「おやすみ……」
そのまま、ぱたんとベッドに横になると、すうすうと寝息を立てはじめる。
未桜はただただ戸惑うばかり。
何が起こっているのか、まったくわからなかった。
「幻覚……じゃないよね。しゃべって、水を飲んでたし……」
きっと、自分も飲みすぎたのだ。
未桜は混乱したまま、逃げるようにホテルの部屋を後にした。
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