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式開始まではまだ時間があり、そのままスマホを触り始めた諒の耳に、後ろから雑談らしからぬ声が近付いてきた。
「――だからぁ、今度ちゃんと時間作るって言ってるじゃんか。…仕方ねぇだろ、春休み前にシフト入れまくられちまったんだから…」
スマホの受話口に手を当て、背を丸めながら横を通過していった声の主は、一旦会話を止めてきょろきょろと辺りを見回すと、諒の直前の席にバッグを放ってどかりと座る。
くしゃくしゃになった式典次第をズボンのポケットから取り出し、せわしなく首を動かしながら眺めつつも、会話を終える気配は無い。
周囲に配慮してか声を潜めているつもりだと思われるが、背後の諒にも丸聞こえだった。
「…えっ? …違うって、こないだの子はただのバイト仲間だって説明しただろ…!」
相手の声までは聞こえてこないものの、なんらかの修羅場が展開されているだろうことは容易に想像出来た。
「…ちょ、待てって! 一回ちゃんと会おうぜ、話せばわかるからっ…! あっ…、…」
男はスマホを耳から離し、手元で弄って再び耳に付けるが、すぐに手を下ろし、肩を落として首からがくりと前へ倒れた。
…ご愁傷様。
たった今何かが終わった彼の内情が、その背中からありありと伝わり、諒は憂いを込めた眼差しを送った。
と、雑に置いたバッグがパイプいすの背もたれからずり落ち、諒の足元へ滑って届く。
悲嘆に暮れる彼が気付く様子は無く、仕方なしに諒はバッグを拾う。
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