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無垢なるサロメ
天正二年正月。澄んだ夜闇のゆくすえには、皿のように丸い月。
それを見上げて、城の廊下を、侍女も従えずそぞろ歩く市がいる。
花の打ち掛け、白く滑らかな肌、流れる掛け垂れ髪の見事な艶と色。
うっすら開いた柔らかな唇の奥には、秘めたる真珠の気配がちらりとだけ覗く。深い睫毛のその下には、切れ長の黒曜石が可憐にけぶる。
三人の娘を生み、夫と死に別れた今もなお、彼女は少女のように素晴らしく美しい。
辿り着いた大部屋は、襖も全て開け放っている。それでも、若い馬廻達の謡い遊ぶ様が、夜の帳も寒も吹き消しているようだ。
が、市の姿を認めるなり、男達は騒ぐのをピタリとやめた。箸も盃も置き、両拳をついてザザと頭を垂れる。
ちょうど、それぞれが大粒の数珠の珠のように連なり座っている。市は、数珠でいうところの艶玉、房飾りの場所まで進み、音もなく立膝座りをした。
そうして市も加わり、皆で囲んだまさに中央。みっつばかり、白木の三宝(※食事や物を乗せる小さな台)が据えられている。
飲み食いするものは、もっと男達の傍にある。どうやら三宝には、そういうものを乗せてあるわけではないらしい。しかし中心にあるからには、あれらを酒の肴に楽しんでいたのは間違いない。
三宝自体、正面を向こうにしている。男達はすっかり口を閉ざし、灯明のゆらりとする暗がりの中ということもあり、何であるのかよくわからない。
注視して確かめ続けた市は、やがて、まばゆいものを見た時と同じように、瞳孔をするすると収縮させた。
三宝にはそれぞれひとつずつ、丸みを帯びた金色の物品が乗せられているのだ。ああ、それは。それは――。
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